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週1回のインスリン注射

週1回注射のアイコデクインスリン(insulin icodec)の第3相治験の成績(NEJM 2023)を紹介します。

この治験ではアイコデクインスリン(週1回注射)とグラルギンインスリン(毎日注射)を比べています。インスリン治療が初めての人が対象で、両群とも492人が参加しています。インスリン以外の糖尿病薬は、インスリン分泌を促進しない薬(SGLT2阻害剤やGLP1受容体作動薬を含む)の併用を認めています。

52週治療を続けて、アイコデクインスリン群はHbA1cが8.50%から6.93%に減少し、グラルギンインスリン群は8.44%から7.12%に減少しました。

血糖が70-180mg/dlと良好な範囲にある時間はアイコデクインスリン群の方がグラルギンインスリン群より長く(それぞれ71.9%と66.9%)、アイコデクインスリンはグラルギンインスリンより良好な結果でした。

1週間あたりのインスリン量はアイコデクインスリン群で214単位、グラルギンインスリン群で222単位でした。

長時間作用型のインスリンでは低血糖が気になります。血糖が54mg/dl未満と低くなる時間は2群間で差がありませんでした。

「臨床的な低血糖」は83週時点でアイコデクインスリン群で226件/61人、グラルギン群で114件/66人でした。重症低血糖はそれぞれ1件と7件でした。

「臨床的低血糖+重症低血糖」は83週時点でアイコデクインスリン群で0.30回/人・年、グラルギンインスリン群で0.16回/人・年でした。

アイコデクインスリンの方が低血糖が多いように見えますが、(1) アイコデクインスリン群の方がHbA1cが低かったこと、(2) 重症低血糖はグラルギンインスリン群に多かったこと、(3) アイコデクインスリン群(492人)の中でわずか3人が226件中105件の低血糖を起こしていること、(4) 低血糖頻度は1回/人・年未満で多くないこと、などから、アイコデクインスリンの方が低血糖を来しやすいと言えないようです。

アイコデクインスリンは前途有望のインスリン製剤のように思います。


令和5年10月4日

4秒の運動

前日に運動すると食後の中性脂肪代謝が亢進します。1日5000歩以上歩かないとその効果が出ないのですが、わずか4秒の全力運動を数時間おきにするだけで、同じ効果が出るそうです。

今回は運動による食後中性脂肪代謝亢進の論文(Amer Coll Sports Med 2022)を紹介します。

まず「運動すると食後の中性脂肪代謝が亢進する」ことについてです。どのくらい運動すれば脂肪代謝が亢進するかを検討しました。

はじめに全員が同じ運動量で2日間運動して条件を整えています。それから歩数を変えて(標準、中間、低の3群)2日間運動し、その翌日に検査しました。検査法ですが、脂肪の多い食事を食べてもらい、食後6時間までの中性脂肪面積(血清濃度x時間)と脂肪酸化量を検討しました。

標準群の運動量は8,481±581歩/日でした。運動量の少ない2,675±314歩/日の群と4,759±276歩/日の群は、標準群と比べて脂肪代謝が減少していました:食後中性脂肪面積が22-23%高くなり、脂肪酸化が16-19%低くなっていました。

次は4秒運動の成績です。8時間ずっと座り続けてもらいました。座っている間に4秒の全力サイクリング運動を5回してもらいました。翌日に食後脂肪代謝を座りっぱなしの群と比べました。

4秒x5回運動の群は対照群と比べて、食後の中性脂肪面積が31%低下し、脂肪酸化が43%増加しました。なぜ4秒なのかですが、「出来る限り短い運動」ということで4秒を選んだそうです。

次はトレーニング効果の検討です。強い運動を続けると「食後中性脂肪代謝」はさらに増加します。9日間16,048歩(高運動群)、あるいは4,767歩(低運動群)歩いてもらいました。これは毎日の運動です。

低運動群はトレーニング前後で「食後中性脂肪代謝」に変わりがありませんでした。高運動群では、トレーニング前と比べて食後の中性脂肪面積が31%低下、脂肪酸化が21%増加していました。トレーニング効果を示す良い結果ですが、毎日16,000歩はちょっときついかもしれませんね。


令和5年9月16日

RNA干渉を利用した降圧剤

多くの種類の降圧剤が市場に出ていますが、それでも血圧が下がりにくい方がおられます。そういう人たちによく効く降圧剤が開発されると良いですね。

今年2月に紹介したバクスドロスタット(アルドステロン合成酵素阻害剤)も、候補の一つです。

今回紹介するジレベシランはアンギオテンシノーゲン合成を抑制する薬です(NEJM 2023)。ジレベシランはRNA干渉という新しい技術を使っていて、創薬方法の進歩を感じます。

RNA干渉の説明をします。私たちの遺伝情報は細胞核にあるDNAに保管されています。遺伝子が活性化されると、DNAからmRNAに情報が移されます(転写)。mRNAは核から細胞質に移動し、リボソームという蛋白合成工場まで運ばれて、今度はmRNAの情報をもとに蛋白質が合成されます(翻訳)。

遺伝子の情報から蛋白質を作るのにmRNAを介しています。特定のmRNAを壊すと特定の蛋白質が作られなくなります。mRNAを壊す方法の一つがRNA干渉です。

短い二重鎖RNAを細胞内に入れると、ダイサー(dicer)と呼ばれる酵素によってRNAが切断され、短いRNAが2本できます。このうちの1本がRISC(RNA-induced silencing complex)という複合体を作ります。このRISCが特定のmRNAと結合してmRNAを分解します。これがRNA干渉です。

アンギオテンシノーゲン(AGT)は主に肝臓でつくられます。レニンによってアンギオテンシンIに変換され、さらにACE(アンギオテンシン変換酵素)によってアンギオテンシンIIに変換されます。アンギオテンシンIIは血管を収縮させて血圧を上昇させ、副腎でアルドステロンを分泌させます。

アンギオテンシノーゲン(AGT)が多くなると、血圧が上がることが分かっていました。ジレベシランはRNA干渉を利用してAGTの合成を抑え、血圧を下げる薬です。肝臓に取り込まれやすくなる工夫がされています。

今回報告されたのは第1相治験です。ジレベシランを1回注射して24週追跡観察しています。ジレベシランを注射するとAGTは用量依存性に低下し、血圧は24週の時点でも低下が続いていました。毎日薬をとる必要はありません。

ジレベシラン作用は長期間続きますので、別の注意が必要です。たとえばAGTが下がったままでは具合の悪いときがあります。ショック状態、重症低血圧、脱水、妊娠などがそうです。このため、ジレベシランの効果を無効にするREVERSIRも開発されているそうです。


令和5年8月18日

昼寝するなら30分以内がお勧め

地中海地方には昼寝(シエスタ)の習慣があります。昼寝時間と肥満、メタボリックシンドロームの関連を検討した成績が発表されましたので、紹介します(Obesity 2023)。

対象は、地中海沿岸にあるスペインのムルシア地方の人たち、3275人です(ONTIME研究)。この研究では「30分以上の昼寝」を長い昼寝としています。

昼寝習慣のある人は35%(長い昼寝をする人は16%)でした。昼寝をする動機は、(1) リラックスしたい 46%、(2) 疲れている 36% でした。

昼寝から起きた時に気分がすぐれない(眠気が残るなど)人は、長い昼寝で19%、短い昼寝で8% でした。

昼寝から起きた時に空腹を感じる人は42%、そのうちの63%の人が甘いものを食べていました。これは長い昼寝でも短い昼寝でも同様でした。

「長い昼寝をする人」は「昼寝をしない人」に比べて、BMI(体格指数・肥満指数)が高く、腹囲が大きく、空腹時血糖が高く、血圧が高くなっていました。メタボリックシンドロームのリスクも41%高くなっていました。一方、「短い昼寝の人」は、収縮期血圧が低くなっていました。

喫煙本数が多い人は長い昼寝と高BMIの関連が強くなっていました。夜の就寝時間が遅く、食事時間が遅く、昼食のカロリーの高い人は長い昼寝と高BMIの関連が強くなっていました。ベッドで昼寝をする人はソファで昼寝する人より長い昼寝と収縮期血圧高値の関連が強くなっていました。

この研究はある時点でのデータを比べる研究(横断研究)で、原因と結果の検討がありません。そのためあまりつよく言えませんが、とくに「タバコが多い、夜の就寝時間が遅い、夕食が遅い、昼食のカロリーが多い」人は、昼寝時間が短いのが良いかもしれません。


令和5年8月1日

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