院長ブログ一覧

どの程度の食塩摂取が健康に良いか (2)

PURE研究2つめの論文です(New Engl J Med 2014) 。この論文では「ナトリウム・カリウム排泄量と死亡・心血管疾患について」を取り扱っています。平均追跡期間は3.7年、主要心血管疾患の発症・死亡は3,317人に起こっています。

ナトリウム排泄量の影響はU字型を示し、死亡・心血管疾患リスクはナトリウム排泄量4-6g(食塩10.2-15.2g相当)の人を1とすると、ナトリウム排泄量7g以上(食塩17.8g)の人で1.15、ナトリウム排泄量3g未満(食塩7.6g)の人で1.27でした。また高ナトリウム排泄(食塩過剰摂取)の影響は、高血圧の人で強くなっていました。

一つめのPURE研究と合わせると、「ナトリウム排泄の少ない群は血圧が低めで、死亡・心血管疾患リスクが上昇」していることになります。

3番目の論文「世界全体のナトリウム摂取と心血管系死亡」はPURE研究と同じ雑誌の同じ号に並べて掲載されました。内容は、(1) 塩分摂取が増えると必ず血圧が上がる。(2) 血圧が上がれば必ず心血管系疾患が増える。この (1) と (2) の仮定を掛け合わせ、これを国別に計算すれば、「食塩過剰摂取が及ぼす心血管系疾患の世界地図」が出来上がります。この論文によると、世界で毎年165万人が食塩過剰摂取で亡くなっているそうです。ただ編集者がコメントしていますが、仮定を重ねて力づくで計算していますので、推定された結果は慎重に解釈する必要があります。

さて、食塩摂取量の世界的平均はナトリウム換算で1日3.95g(食塩10.0g相当)だそうです。日本人の1日食塩摂取量は、男性10.9g、女性9.2gですので世界平均に近く、今の日本人の食事は世界的にみて特に塩分が多いわけでなさそうです。


平成28年7月11日

どの程度の食塩摂取が健康に良いか (1)

どの程度の食塩摂取が健康に良いかは実はわかっていません。これまで「糖尿病患者の食塩摂取量の基準」、「健康的な食事は慢性腎臓病を減らす」で紹介してきましたが、なかなか難しい問題です 。決着はついていませんが、最近の論文をまとめておきます。

最初に食塩量の表示法について説明します。多くの論文は食塩(NaCl, 塩化ナトリウム)をナトリウム量で示しています(ナトリウムg量を食塩g量に換算するには2.54を掛けて下さい)。疫学では食塩摂取量を推定するのに1日尿中ナトリウム排泄量食事アンケートが使われています。尿中ナトリウム排泄量がよく使われるのは、摂取したナトリウムの大半が尿中に排泄されるためです。食事アンケートは手間がかかり、摂取量を過小評価する可能性があります。


1日尿中ナトリウム排泄量は24時間蓄尿あるいは朝のスポット尿から推定します。24時間蓄尿はきちんと行われると精度が高いと考えらえれます。しかし尿の一部が捨てられていてもわかりません。特別の薬剤(4-アミノ安息香酸)を用いて検証した論文では7割もの蓄尿検体が不十分な蓄尿だったとの報告もあります。スポット尿は蓄尿に関わる問題点がなく、尿検体の保存も良好です。しかしどの程度24時間排泄量を反映しているか、に弱点があります。


まずPURE研究(N Engl J Med 2014)です。雑誌の同じ号にPURE研究の論文が2つ載っていて、参加人数が102,216人(18ヶ国 )、156,424人(17ヶ国)となかなか壮大です。論文には、インターソルト研究(BMJ 1988)の参加人数が少なかったため、PURE研究では人数を増やしたと書いてあります。1日のナトリウム排泄量は朝スポット尿から推定しています(川崎法)。

PURE研究1つ目の論文は「ナトリウム排泄量・カリウム排泄量と血圧について」検討しています。結果を見ますと、集団全体では「ナトリウム排泄1g (食塩2.54g相当)が増える毎に血圧は平均 2.11/0.78mmHg上昇」していました。

血圧に対する影響は「ナトリウム排泄量の多い」、「高血圧のある」、「高齢者」で強いという結果でした。なおナトリウム排泄量の少ない群(3g/日未満:食塩として7.6g未満)では血圧に有意な影響がありませんでした(同0.74/-0.1mmHg)。カリウム排泄量については今回は割愛します。

おおむね納得のできる結果ではないでしょうか。


注: インターソルト研究(BMJ 1988)は52ヶ国 10,079人、20-59歳が参加した研究で、食塩摂取量(24日蓄尿検査で推定)と血圧に弱い相関を認め、塩分摂取制限の根拠にされてきました。しかし、食塩摂取量の極端に少ない外れ値の4施設(ブラジル原住民2種族、パプアニューギニア、ケニヤ:ナトリウムとして0.2、6、27、51mmol (注:単位がmmolです、食塩として0.01、0.35、1.6、3.0g)を除くと相関がなくなり、解釈が混沌としていました。


平成28年7月8日

鶏卵を良く食べている人は糖尿病発症が多い(米国だけ)

これまで「糖尿病の方は鶏卵を少し控えるのが良い」とお話ししてきました。覚えてられますでしょうか。今回の話題は、「鶏卵摂取」と「糖尿病発症」の関連です。

今年になって3編ほど立て続けに論文が出ました(Diabetologia、Am J Clin Nutr、Br J Nutr)。3編とも同じ結論ですが、「鶏卵摂取」と「糖尿病発症」の関連は地域差があり、米国においてだけ関連があるようなのです。

Diabetologia論文は、(1) スエーデン人の集団 と (2) これまでの発表論文のメタ分析です。(1) のスエーデン人集団では、45-79歳の男性39,610人を1998年から2012年まで観察しました。その間に4,173人が2型糖尿病を発症しましたが、鶏卵摂取との間に関連を認めませんでした。

Diabetologia論文 (2) のメタ分析では、12集団の前向き研究をメタ解析しています。合計287,693人を観察し、16.264人の糖尿病発症をみています。米国人対象の5研究で「鶏卵摂取が週3個増えるたびに糖尿病が1.18倍増え」、米国以外の7研究では0.97と増えませんでした。

Am J Clin Nutr論文はメタ分析の報告です。合計12集団、219,979人を観察し、8,911人の糖尿病が発症しています。「最も鶏卵摂取が多い群」と「最も少ない群」を比較しますと、「米国では鶏卵摂取が多い群で糖尿病発症が1.39倍増え」、米国以外では0.89と増えませんでした。米国人対象の研究をさらに解析しますと、週3個未満の鶏卵摂取で糖尿病が増えず、3個以上摂取すると増えていました。

Br J Nutr論文もメタ分析の報告です。この論文では416論文からデータを抽出しています。合計251,213人を観察し、12,156人に糖尿病が発症しています。分析結果は、1日あたり1個鶏卵摂取が増えると「米国では糖尿病発症が1.47倍に増え」、米国以外では0.94と増えませんでした。

なぜ 米国だけ成績が異なるのか理由は不明です。卵の摂り方の食文化が異なるのかもしれません。日本人のデータが気になりますが、鶏卵摂取と糖尿病発症に関連はありませんでした(Br J Nutr 2014)。

注:メタ分析(メタ解析)は、複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析する統計方法です。


平成28年6月9日

肝臓によく効くインスリンは良くない

日本の話ではありませんが、インスリンの話題を2つ紹介します。

1つは吸入インスリンAfrezza アフレッザ」の販売中止です。アフレッザは米国マンカインド社が開発し、フランスのサノフィ社が販売しました。以前に「Exubera エクスベラ」吸入インスリン(ファイザー社)が販売中止になりましたが、アフレッザも同様の経過をたどりました。吸入インスリンの普及は難しいようですね。

2つ目はリリー社の「Peglispro ペグリスプロ」インスリンの開発中止です。「ペグリスプロ」は持効型インスリンで、これまでの持効型インスリンにない特徴を持っています。肝臓によく効き、筋肉や脂肪組織にはあまり効かないのです。肝臓に効くことで (1) 肝臓で糖新生を抑えて血糖を下げ、筋肉や脂肪組織で効きにくいために (2) 低血糖が少なく、体重が減りやすいことが期待されました。

生理的に膵臓から分泌されるインスリン(内因性インスリン)は、門脈を通って肝臓に到着します。肝に入ったインスリンは一部が肝で使われ、約半分の濃度になって末梢組織に流れていきます。ところが、外から皮下注射したインスリン(外因性インスリン)では、肝と末梢組織に到着するインスリン濃度は同じになります。ですから、これまでのインスリン製剤の働きは内因性インスリンに比べると、肝で弱く 、末梢組織で強くなっていました。

「ペグリスプロ」では皮下注射しても「肝>末梢組織」の効き方になります。それなら、「ペグリスプロ」の開発は理にかなっている気がします。実際の臨床でも(イマジン5研究)、「ペグリスプロ」の方が「ランタス」(最初に開発された持効型インスリン製剤)よりHbA1cが改善し(6.6% 対 7.1%)、低血糖が少なくなりました(夜間低血糖は60%減)。

では、「ペグリスプロ」の何が悪かったのでしょうか。実は脂肪の動きを忘れていたのです。末梢の脂肪組織でインスリンが十分に働かないと脂肪が分解し、遊離脂肪酸が増えます。増加した遊離脂肪酸は肝に運ばれ、肝内脂肪を増やし、インスリン抵抗性を引き起こします。肝障害が起こり、肝硬変から肝癌になる可能性もあります(NASHと呼ばれます)。さらに、遊離脂肪酸は動脈硬化や不整脈のリスクになる可能性もあります。実際、イマジン5研究では肝の脂肪含量が増加し、肝障害が起こり(肝酵素の上昇)、血清中性脂肪が増加し、HDLコレステロールが低下していました。

「ペグリスプロ」を開発していくなら、安全性をさらに厳しく確認していかなければなりません。開発中止は当然かもしれません。


平成28年5月30日

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