院長ブログ一覧

ノセボ効果:偽薬(プラセーボ)で副作用を経験する

偽薬(プラセーボ)でも病気が良くなることがあります。これをプラセーボ効果(偽薬で治る効果)と言います。これと反対に偽薬で病気が悪くなる、あるいは副作用が出ることをノセボ効果と呼びます。もちろん、偽薬が副作用を引き起こすことはありません。「副作用があるのではないか」と思う不安な気持ちが元になって、悪い作用が起こってくるのです。

今回ノセボ効果をまとめた論文が発表されましたので、簡単に紹介します(Trials 2018)。

この論文では「ノセボ効果」と「系統的」の言葉が載っている論文を検索し、20編の系統的レビュー論文を探し出しました。これらの論文をまとめますと、ノセボ効果は49.1%の人に見られ(中央値)、5%の人がノセボ効果のために偽薬の服用を中止しています。「副作用が出ない偽薬」で「服用中止するほどの副作用」が出た人が、20人に1人いるわけです。かなり多いですね。

偽薬でなくて普段のお薬でも、「この薬で副作用が出るのではないか」と思うだけで副作用が出ます

その例の1つがスタチンによる筋症状です(Lancet 2017)。スタチンはコレステロールを下げる薬で、筋障害を起こすことがあります。そのためスタチンを処方する時は前もって副作用を説明します。自分の飲んでいる薬が偽薬か実薬かわからない場合は、偽薬と実薬で筋症状の訴えに差がありません(偽薬=実薬)。しかし飲んでいる薬が偽薬か実薬か分かっている場合は、実薬で筋症状の訴えが多くなります(偽薬<実薬)。


平成31年3月29日

赤か白か、それが問題?:豚肉の話

日本ではあまり言いませんが、赤肉(red meat)白肉(white meat)という言葉があります。文字通り、赤みを帯びた肉が赤肉で、白みを帯びた肉が白肉です。

赤色の元はミオグロビンです。米国農業省はミオグロビン量が65%以上の肉を赤肉としています。代表的な赤肉は牛肉や豚肉、白肉は家禽類や魚の肉です。

「赤肉は身体に悪く、白肉は身体に良い」と一般的に言われています。消費者が「豚肉は赤肉 → 豚肉は身体に悪い」と受け止めると豚肉が売れなくなります。そこで米国豚肉協会(National Pork Board)は1987年に「豚肉は白肉」キャンペーンをしました。この目論見が当たって、キャンペーン後の豚肉の売り上げは20%伸びたそうです。

「豚肉は白肉」は料理からみた判定です。栄養学的に豚肉は赤肉ですから、キャンペーンの正当性は微妙です。

豚肉といっても、部位によって栄養組成が大きく異なります。たとえば、ヒレ肉は100g中、脂肪が1.9g(飽和脂肪酸が0.56g)と脂肪があまりありません。一方、ばら肉は同34.6g(12.95g)です。高血圧予防食(DASH食)では赤肉を制限しますが、「脂肪の少ない豚肉」なら魚や鶏肉と交換して問題ないという成績があります(Amer J Nutr 2015)。

カロリーの4割を大豆油から摂るようにして育てた豚肉は飽和脂肪酸が少なくなります。その豚肉を食べるとLDLコレステロールが下がるという報告もあります(Amer J Nutr 2001)。これは特殊飼育の豚肉なので、特別かもしれません。

豚肉と一口に言っても栄養評価はいろいろです。脂の多い部分は避けるのが良いでしょう


平成31年3月2日

パラシュートなしで飛行機から飛び降りる

医学雑誌には楽しいジョーク論文が掲載されることがあります。今回は英国医学雑誌(Br Med J)に発表された論文を紹介します。

EBM(Evidence based Medicine)をご存知でしょうか。日本語にすると「確固とした証拠(エビデンス)に基づく医学」で、経験や思い込みに基づく治療を否定します。考え方は正しいのですが、残念なことに確固とした証拠(エビデンス)がないと始まりません。そしてそのエビデンスを得るのがなかなか難しいのです。

たとえば「飛行機から飛び降りるのにパラシュートが必要か」という命題はどうでしょうか。

「文献検索をしたが、パラシュート着用がケガ予防になるという無作為化試験はこれまでなされていない。万人が利益を受けるには、パラシュート着用が必要であるというエビデンスを作るのが望ましい」という結論になります(Br Med J 2003)。

エビデンスを作るにはパラシュートなしで飛行機から飛び降りるコントロール(対照)が必要です。そんなことは倫理的にできませんので、この命題に対するエビデンスは永遠に作れないのです。

ところが15年経って、ついにパラシュートなしで飛び降りた実験結果が掲載されました(Br Med J 2018)。

対象は2017年9月から2018年8月までに飛行機あるいはヘリコプターに乗船した18歳以上の乗客です。92人に声をかけ、23人が研究に承諾しました。承諾した23人を「パラシュートあり」と「パラシュートなし」に無作為的に2群に分け、実際に飛行機から飛び降りてもらいました。主要観察項目は大きな外傷です。

その結果、「パラシュートなしで飛び降りても外傷は起こらなかった。飛行機から飛び降りるに当たってパラシュートを着用する必要はない」というエビデンスが得られました。

すごいエビデンスですね。論文の考察には「このエビデンスを一般的なスカイダイビングに当てはめるには、飛び降りる時の状況に十分留意する必要がある」と書かれています。

あわてて読むと細かな条件を読み飛ばしてしまいます。この実験は、「地面に止まっている小型飛行機から飛び降りる実験」でした。「試験を承諾した人たち」と「承諾しなかった人たち」では飛び降り条件に差があり、「承諾した人たち」は飛び降り高度0.6m、速度0km/hだったのに対して、「承諾しなかった人たち」は 9146mと800km/hでした。

結論だけ読んで早合点してはいけませんね。条件をしっかり読む必要があります。この論文は、エビデンスの取り方、分析・解釈、実地に当てはめる時の注意点など、本物の論文を読むときのポイントを教えてくれます。皆さんも早合点しないようにしましょう。


平成31年2月7日

マティーニを、ステアせずにシェィクで

ジェームズ・ボンド007は問題飲酒家でした。

小説に出てくる飲酒量はもの凄く(最大1日50単位=ウォッカ・マティーニ17杯相当、ワインならボトル4.5本相当)、有名な「ステアせずにシェイクで」というセリフは、アルコール性神経障害による手の震えがもとになっているとささやかれています(Brit J Med 2013)。今回、ボンド映画でも飲酒量が推定されましたので、紹介します(Med J Austral 2018)。

検索対象は1962年-2015年に公開された全24フィルムです。60年超に渡り109回の飲酒イベントがあり、血中アルコール濃度のピーク値は0.36g/dlと推定されます。このアルコール濃度は、人によっては死をもたらす値です。映画ではこれだけ飲んだ後に危険な行動を行っています。危ないですね。

時代が下るに従って、アルコールそのものを武器として使うことが減り、アルコール関連商品が周囲に増えています(統計学的に有意だそうです)。ボンドのマティーニ嗜好は時代を通じて変わりません。

論文では、ボンドは重度のアルコール性障害にかかっており、アルコール障害専門医にかかるべきであり、上司からの対応も必要と結んでいます。


平成31年1月11日

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