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飲酒と痛風

ビール系飲料でよく「プリン体ゼロ」の広告を目にします。この広告が効果的なためか、プリン体ゼロなら飲酒しても大丈夫、尿酸は上がらないと勘違いする人がおられます。そんなことはありません。

「天空の神ユピテルもポダグラを怖れ、冥界の王ハデスもひるむ」

飲酒と痛風が関連していることは古くから知られており、ギリシャ・ローマ神話からも伺えます。ポダグラという女神が神格化された痛風で、父がバッカス(ディオニューソス)、母がビーナス(アフロディーテ)です。ディオニューソスはご存じの方が多いと思いますが、ワインの神様です。アフロディーテは愛の神様ですが、プラトンの「饗宴」ではアフロディーテは2重の神性(純粋な愛情と凡俗な肉欲)を持っています。つまり痛風神ポダグラは酒と歓楽が結びついて生まれた神様です。ローマ時代は痛風が流行していて、女性にも痛風がはやっていました。風紀の乱れがその原因とされたのもこういう文化背景があるからでしょう。なお、ローマ時代には鉛を含む「サパ」がワインの甘み付け保存料として使われていました。痛風の流行は鉛中毒による腎障害が原因と考えられます。

飲酒が痛風のリスクであることは古くから知られていたのですが、実際にお酒を飲んで尿酸が上がるかどうかはよく分かっていませんでした。古典的な実験で、数百gものエタノールを飲んで尿酸が増加することが報告(J Clin Invest 1962)されていましたが、少量飲酒では尿酸が増加しない成績が多かったのです。アルコールパラドックスです。

少し古い論文ですが、このパラドックスを解明した論文を紹介します(Purine and Pyrimidine Metabolism Vol.16 1992)。実験背景として、飲酒後に血中酢酸が大酒家で大きく上昇するが分かっていました(エタノール→アセトアルデヒド→酢酸の順に代謝が進みます)。酢酸はATP(プリン体の1種で生体内の高エネルギー物質)を使って代謝されます。仮説は「大酒家では飲酒後に酢酸が多くなり、ATP分解が進んで、最終産物である尿酸が増加する」というものです(ATP→AMP→IMP→イノシン→ヒポキサンチン→キサンチン→尿酸の順に代謝が進みます)。

20g/日以下の少量飲酒家と60g/日以上の大量飲酒家に集まってもらい、ウイスキー(エタノール換算で0.5g/kg)を飲んでもらいました。酢酸濃度は少量飲酒家で3.2+/-0.6mg/dl、大量飲酒家で4.6+/-1.1mg/dlと予想通り大量飲酒家で多くなりました。少量飲酒家では飲酒しても血漿ヒポキサンチン、キサンチン、血清尿酸とも変化がありませんでしたが、大量飲酒家では飲酒後に血漿ヒポキサンチン、キサンチンが増加して60分後にピークとなり、血清尿酸は120分後から増加を始めて180分後にピーク(増分0.9+/-0.4mg/dl)となりました。

論文の結論は「少量飲酒家では飲酒しても尿酸が上がらず、大量飲酒家では飲酒すると尿酸が上がる」です。ウイスキーはプリン体を含みませんので、プリン体ゼロのビール系飲料も同様です。

実はこの論文は私が書いたもので、朝日新聞の記事にもなりました。

令和6年3月27日

SGLT2阻害薬と尿アルコール検査

米国の話であって我が国では起こらない話ですが、興味をひいたので紹介します。
自動車運転時のアルコール(エタノール)検査の話(NEJM 2024)です。
米国では尿アルコールも自動車運転の検査に使われています。

60歳代(男性)の人が飲酒運転の罪に問われました。警察が行った4回の尿検査で、繰り返しエタノールが検出されたのです。彼は10ヶ月の間禁酒を続けていて、飲酒運転を否定しました。連絡を受けた主治医が新しい尿で再検すると、尿エタノール陰性でした。彼は5ヶ月前からSGLT2阻害薬(ジャディアンス)を服用しており、同薬の作用で尿糖(1000mg/dl)が出ていました。亜硝酸反応陰性、白血球反応陰性、尿培養はグラム陽性細菌<50,000CFU/mlでした。

主治医は保護観察所に電話をして、尿検体の保管状況を尋ねました。分かったことは、尿検体を室温で保管していたことでした。主治医は尿検体を冷蔵庫から出して室温に戻し、24時間後にエタノールを再検しました。今度は尿エタノール陽性でした。警察検査の尿エタノール陽性は、尿検体を室温保管中に発酵反応が起こり、エタノールが産生されたことによります。

糖尿病の歴史において、尿の発酵は大切な発見の一つでした。
フランシス ホーム(1719-1813)は、「糖尿病患者の尿に酵母を入れると発酵する。最初は甘く、最後は甘みがなくなり、スモールビールの味がする」と観察しま した。スモールビールは、二番麦汁から作ったビールのことです。

SGLT2阻害薬は尿糖を増やすので、おそらく酵母が混入してコントロール不良の糖尿病と同じ発酵現象が起きたのですね。


令和6年3月6日

追記:
我が国のアルコール検査は主に呼気検査が行われ、米国のようなことは起こりません。
道路交通法施行令 第 26 条の二の二(呼気検査の方法):法第六十七条第三項の規定による呼気の検査は、検査を受ける者にその呼気を風船又はアルコールを検知する機器に吹き込ませることによりこれを採取して行うものとする。

痛風患者の目標尿酸値

痛風を治療している時の尿酸目標値については、ガイドラインが一定していません。

米国リウマチ学会のガイドライン、日本痛風・核酸代謝学会のガイドラインは6mg/dl未満の目標を設定しています。

ところが、米国内科学会のガイドラインは「尿酸を測定して経過を追う」ことを推奨していません。測定した方が良いというエビデンス(確固とした証拠)が不十分なのだそうです。

そのため、米国の家庭医を受診する痛風患者の多くは尿酸の経過が分からないそうです。

最近、痛風治療中の尿酸値と痛風発作の関連を検討した成績が発表されました(JAMA 2024)。今更という気がしますが、先にのべた事情があるようです。

UK Biobankに登録している痛風患者3,613人(平均60歳、86%が男性)が対象で、平均8.3年追跡中に1,773回の痛風発作が起こりました。1,679回の痛風発作(95%)は尿酸が6mg/dl以上の人に起こっています

1000人・年でみますと、
6.0-6.9mg/dl --- 40.1 人・年
7.0-7.9mg/dl --- 82.0 人・年
8.0-8.9mg/dl --- 101.3 人・年
9.0-9.9mg/dl --- 125.3 人・年
10.0mg/dl-    --- 132.8 人・年

発作リスクでみますと、
-6.0mg/dl     --- 1.0
6.0-6.9mg/dl --- 3.37
7.0-7.9mg/dl --- 6.93
8.0-8.9mg/dl --- 8.67
9.0-9.9mg/dl --- 10.81
10.0mg/dl-    --- 11.42

尿酸が1mg/dl増加する毎に痛風発作のリスクが1.61倍になっていました。

痛風治療中の方は尿酸6mg/dl未満(98%予防のためには5mg/dl)を維持するのがよいでしょう

なお上にあげた米国のガイドラインは、痛風を発症していない高尿酸血症の人に尿酸低下薬を処方しないことを勧めています。英国やオーストラリア・ニュージーランドのガイドラインも同様です。

日本のガイドラインは、エビデンスが少ないとしながら、「状況に応じて薬物治療を開始する」としています。専門家の意見が分かれていますね。


令和6年2月15日

飲酒とストレス発散

アルコールは少量でも発癌性があり、医学的には以前よりも寛容でなくなってきています。少し前まで「少量飲酒は長寿」と言われてきたので、飲酒家には辛い現実ですね。

今回紹介するのは、少量飲酒のストレス発散、心血管系イベントへ抑制硬化の検討です(J Am Coll Cardiol 2023)。

ストレスを受けると、脳の扁桃体の活動が亢進し、内側前頭皮質の活動が低下します。脳MRI/PET検査を使うと、こういったストレス関連神経ネットワーク活動(SNA:stress-related neural network activity)を調べることができ、その人のストレス状態を推定することができます。

この研究にはMass General Brigham Biobankから、53,064人(平均60歳、女性60%)が参加しました。全く飲まない/極少量飲む人は27,053人でした。平均3.4年観察し、その間に1,914人が心血管系イベントを発症しました。少量/中等度の飲酒者のリスクは全く飲まない/極少量飲む人に比べて減少していました(ハザード比0.786)。不安を持つ人ではさらにリスクが小さくなり、ハザード比0.60でした。

713人が脳MRI/PET検査を受けました。少量/中等度飲む人のSNAは、全く飲まない/極少量飲む人に比べて減少していて(標準回帰係数-0.192)、SNAの減少と心血管系イベントに関連が認められました

中等度を超える飲酒では逆にSNAが増加していました(=ストレス状態)。

この論文の「全く飲まない/極少量飲む」は週に1ドリンク未満、「少量飲酒」は週に1-6ドリンク、「中等度飲酒」で7-14ドリンクです。米国の1ドリンクはアルコール14-15g、ビールなら12オンス缶(350ml)に相当します。

はじめに書きましたが、アルコールは少量でも発癌性が認められ、飲酒を積極的に勧めることはありません。

飲酒すると顔が赤くなる人(昔に赤くなっていた人を含む)は注意が必要です。顔が赤くなるのはアルコールが代謝されてできるアセトアルデヒドの影響です。アセトアルデヒドは交感神経を刺激します。今回の対象は8割強が白人で、顔が赤くなりにくい人たち(=アセトアルデヒドが多くなりにくい)です。顔が赤くなる人はもっと少ない量でストレス状態になるかもしれませんね。


令和6年1月26日

追記:1ドリンク(1杯)は国によって異なります。
 米国 1ドリンク 14-15g:ビール12オンス(350ml)
 日本1ドリンク 〜20g:日本酒1合(180ml)
 英国1ドリンク 8g

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