早い朝食と早い夕食が良い
食事リズムは末梢組織の日内時計を同期させます。同期される末梢組織は主に肝臓ですが、その他に心臓、腎臓、膵なども含まれ、糖代謝や脂肪代謝、血圧にも影響を与えることが知られています。
毎日の食事リズムと脳心血管系イベントの関連を検討した成績が発表されましたので、紹介します(Nature Communications 2023)。
NutriNet-Santeコホート(2009-2021)で、103,389人の成人が参加しています。79%が女性で、観察開始時の平均年齢42.6歳です。平均7.2年観察し、観察期間中に脳卒中が253人、一過性脳虚血発作が765人、冠動脈疾患が1,071人(心筋梗塞162人、冠動脈形成術428人、急性冠動脈症候群89人、狭心症428人)発症しています。
食事時間との関連を検討していますが、「朝食」「夕食」ではなく、「最初の食事」「最後の食事」で分析しています。朝食スキップは「遅い最初の食事」の分類になります。
「最初の食事」が遅い(午前9時以降)人は、早い(午前8時以前)人に比べて、脳心血管系イベントのリスクが1.14と高くなっていました。
同様に「最後の食事」が遅い(午後9時以降)人は、早い(午後7時以前)人に比べて、脳心血管系イベントのリスクが1.13と高くなっていました。
「遅い食事時間」によるイベントリスクの増加は、特に女性で高くなっていました(「最初の食事」が遅い人のリスクが1.24、「最後の食事」が遅い人のリスクが1.26)。
1日の食事回数と脳新血管系イベントには関連がありませんでした。
夕食は早めに、朝食も早めが良いようです。
令和6年1月24日
余暇時間の運動と糖尿病性最小血管障害(網膜症、腎臓障害、神経障害)
余暇時間の運動は、仕事で身体を動かすのと異なった健康上のメリットがあります。今回、余暇時間の運動と糖尿病性最小血管障害(網膜症、腎臓障害、神経障害)の関連を検討した成績が報告されましたので紹介します(Diabetes Care 2023)。
この報告をみると、余暇時間の運動はどの運動量であっても最小血管障害を予防するのに効果がありそうです。ただ残念なことに網膜症には効果がないようです。
この研究には2型糖尿病18,092人が参加しました(UK Biobank)。運動量を参加者に自己申告してもらい、週当たりのMET・時間に集計して分析しました。
METというのは「安静時の何倍の強さで運動している」かを示す運動強度の単位です。座って安静にしている状態が1MET、普通歩行が3METsです。運動量は、運動強度に運動時間を掛けてMET・時間で計算しました。
参加者を運動量(MET・時間)で分類しています。
運動なし:0 MET・時間
推奨以下の運動量:0-7.49 MET・時間
推奨運動量:---7.5-14.9 MET・時間
推奨以上の運動量:---15 MET・時間 以上
12.1年経過観察しました。その間に 672人(3.7%)が神経障害を、1,839人(10.2%)が腎障害を、2,099人(11.7%)が網膜症を発症しました。
「運動なし」を基準に最小血管障害の発症リスクを計算しました。
神経障害の発症リスクは
「推奨以下の運動量」で0.71、
「推奨運動量」で0.73、
「推奨以上の運動量」で0.67でした。
腎障害の発症リスクは、それぞれ0.79、0.80、0.80でした。網膜症では発症リスクの減少はありませんでした。
神経障害と腎障害の発症リスクを減らす最低運動量は週に1.5時間の歩行でした。
軽い運動でも神経障害と腎障害の予防が期待できそうです。ぜひ運動しましょう。
令和5年12月25日
「収縮する力が保たれた心不全」はメタボ心臓?
心不全は心臓の働きが悪くなり、むくみや息切れをおこしてくる病気です。
心不全は心臓の「収縮する力が弱くなった」病気と考えられてきました。しかし「収縮する力が保たれている心不全」もあり、これが心不全患者の半数を超えることが分かってきました。心臓の「拡がる力」が弱くなった心不全です。
心臓の収縮力は左室駆出率(EF)で示されます。英語で心不全はheart failure(HF)です。左室駆出率(EF)が低下(r: reduced)した心不全をHFrEF(ヘフレフ)、保たれている(p: preserved)心不全をHFpEF(ヘフペフ)と略します。
左室駆出率(EF)40%未満がHFrEFで、50%以上がHFpEFです。中間の40-50%はHFmrEF:収縮機能が軽度低下した心不全です。
HFrEFとHFpEFの臨床症状(息切れ・呼吸困難、浮腫など)は似ています。しかし薬の効果が異なり、HFrEFに効く薬(ACE阻害剤/ARB、β遮断剤など)がHFpEFに効きません。そのためHFpEFの治療は利尿薬や血管拡張薬などに限られていました。
前置きが長くなりました。
最近、セマグルチド(オゼンピック:GLP1受容体作動薬)が肥満患者のHFpEFを改善することが報告されました(NEJM2023)。
この論文で使われているセマグルチドの量(2.4mg週1回注射)は、日本で認可されている量より多いので注意して下さい。
この研究に参加した人はBMI30以上でHFpEFを有する529人です。体重はセマグルチド群で13.3%減少し、偽薬群は2.6%の減少にとどまりました。KCCQ-CSS(心不全症状アンケート)はセマグルチド群で改善度が高く(セマグルチド群16.6点、偽薬群7.8点)、6分間歩行距離もセマグルチド群で長くなりました(同21.5m、1.2m)。これらの結果は、HFpEFがセマグルチド投与で改善したことを示します。
心筋にはセマグルチドが作用するGLP1受容体がありません。セマグルチドが心筋に直接作用することはなく、体重減少や種々の代謝系変化を介してHFpEFを改善させたと考えられます。HFpEFを広義のメタボリックシンドロームと考えて良さそうです。
我が国では高齢者が増えてきていて、高齢心不全患者が大幅に増加すること(心不全パンデミック)が予想されています。HFpEFの病態解明が進み、治療法が確立することを期待します。
令和5年11月29日
SGLT2阻害薬は癌にも効く?
SGLT2阻害剤はブドウ糖共役輸送担体2(SGLT2)の働きを阻害する薬です。SGLT2は腎臓の近位尿細管に多く、SGLT2が阻害されるとブドウ糖の再吸収が抑えられます。その結果、尿糖が増え、最終的に血糖が下がります。
SGLT2阻害剤にはカナグル、フォシーガ、ジャディアンス、ルセフィ、スーグラ、デベルザ、アプルウェイなどがあります。
今回はSGLT2阻害剤の抗癌作用について紹介します(Biomedicines 2023)。
SGLT2は種々の癌細胞にも発現していることが分かってきました。世界で初めて癌細胞にSGLT2が発現していることを発見したのは広島大学の石川先生です(Jpn J Cancer Res 2001)。
肺癌原発巣と転移巣でSGLT1はそう変わらなかったのですが、転移巣でSGLT2が多く発現していたのです。その後多くの癌細胞でSGLT2が発現していることが分かってきました。
癌細胞はエネルギー供給の多くを解糖系(ブドウ糖代謝系)に依存しています。SGLT2が発現している癌細胞にSGLT2阻害剤を使うとブドウ糖取り込みが阻害され、エネルギー供給が制限されます。
さらには癌細胞の増殖に必要な他の代謝信号系(PI3K/AMPK系など)もSGLT2阻害剤が抑制することが分かってきました。
SGLT2阻害剤の抗癌作用について研究が進行中です。基礎研究では、膵癌、前立腺癌、乳癌、非小細胞性肺癌、甲状腺癌、肝細胞癌、骨肉腫などで検討されています。
臨床面では、他の癌治療法と組み合わせることで治療成績を向上させることが期待されています。現在10本の治験が行われているそうです。
SGLT2阻害剤が抗癌作用を発揮するには、目的とする癌細胞にSGLT2が発現しているかどうかが重要かもしれません。一般的なFDG-PET検査でなく、SGLTに特異的なME4FDGを用いたPET検査が有用かもしれません。
SGLT2阻害剤の効果は一部の癌に限られるかもしれませんが、副作用が少ない薬ですので、治療効果がはっきり分かると良いですね。
令和5年11月14日