味覚、この不思議なるもの1
まず一般的な味覚について説明します(NEJM2024)。基本となる味は5つあり、甘味,苦味,塩味,酸味,うま味です。舌にある味蕾で味を感じていますが、味蕾の味細胞は I型,II型,III型の3種類があります(IV型は前駆細胞です)。
甘味,苦味,うま味を感じるII型細胞は味覚受容体(TAS1Rが甘味とうまみ、TAS2Rが苦味を感じます)が刺激されるとCALHM1(calcium homeostasis modulator 1)を介してATPを細胞外に放出します。塩味を感じる II型細胞はENac(上皮Naチャネル)を通ってNaが細胞内に入ると、同様にCALHM1を介してATPを放出します。ATPが味覚を伝える物質で、味神経の終末に信号を伝えます。。I型細胞はII型細胞から放出されたATPを分解する役目を持っています。酸味を感じるIII型細胞は、古典的な神経伝達構造のシナプスを持っています。
味蕾の味細胞は味を感じているだけではありません。腸ホルモン(コレシストキニン、GLP1、グレリン、ペプチドYY、VIP)、膵島ホルモン(グルカゴン、インスリン)、それに中枢神経で産生されるホルモン(ニューロペプチドY、VIP)を産生しています。それぞれのホルモンが味蕾で何をしているか、よく分かっていません。マウスでは味蕾の神経細胞にGLP1受容体があり、GLP1受容体が活性化されると甘味感覚が影響を受けることが報告されています。
味は全身の臓器で感じています。味覚受容体TAS1R(甘味、うまみ)は舌だけでなく、腸、脳、膵臓、膀胱、骨、脂肪組織、気道上皮、骨格筋、精巣などの組織に存在します。味覚受容体TAS2R(苦味)は、喉頭、腸、脳、免疫細胞、呼吸器系、泌尿生殖器系などにも存在します。 TAS2RはTAS1R3やα-gustducinと共に精巣にも存在します。
舌以外の味覚でよく研究されているのが腸の味覚です。2018年に腸神経足細胞(腸上皮にある内分泌細胞のひとつです)が発見されました(Science 2018)。これまで知られていた腸の内分泌細胞はホルモンを介してゆっくりと信号を伝えていましたが、この細胞は迷走神経(第10脳神経)とシナプスで直接つながっていて素早い信号伝達が可能です。神経足細胞をブドウ糖刺激しますと、直ちにその信号が脳に伝わり、報酬系が刺激されます。
キリンホールディングス株式会社の研究ですが、熟成ホップは腸神経足細胞の苦味受容体を介して迷走神経を刺激し,信号が脳に伝わって認知機能と気分状態を改善,体脂肪を低減するそうです(化学と生物 2024)。ビール会社らしい研究ですが、ホップのおいしさは喉越しだけではないんですね。
令和7年2月28日
チルゼパチドの糖尿病予防効果はとても大きい
チルゼパチド(マンジャロ)という糖尿病の薬があります。 「GLP1受容体作動薬+GIP受容体作動薬」の働きをもつ薬ですが、多様な働きがあることが知られています。米国では抗肥満薬としても使われ、その場合はマンジャロでなく、ゼップバウンドという名前で販売されています。
チルゼパチドを3年間使用して、体重への効果、2型糖尿病の発症、安全性を検討した論文が発表されましたので、紹介します(NEJM 2024)。
第3相治験の成績です。対象者は2539人で、うち1032人が糖尿病予備軍です。治験は無作為二重盲検法で行われました。チルゼパチド5mg、10mg、15mg、偽薬(プラセーボ)群に1:1:1:1に振り分け、チルゼパチドあるいは偽薬を176週投与し、投与中止後17週まで観察しました。
176週の時点で、チルゼパチド5mg、10mg、15mg群および偽薬群は、-12.3%、-18.7%、-19.7%、-1.3%の体重変動がありました。分かりにくい書き方ですが、チルゼパチドの減量効果が高いことがわかります。
糖尿病発症に対する効果を検討しました。偽薬群では13.3%の人が糖尿病を発症しましたが、チルゼパチド群(全体)はわずか1.3%でした。発症予防効果は93%でした。投与中止後17週で検討すると、糖尿病発症はそれぞれ13.7%、2.4%でした(発症予防効果88%)。
最も多かった副反応は軽度〜中等度の消化管症状で、チルゼパチドを増量していく最初の20週に多くみられました。新しく発見された副反応はありませんでした。
令和7年1月22日
GLP1受容体作動薬による依存症治療の可能性
GLP1受容体作動薬を使っている人は依存症リスクが下がるようです。アルコール、コカイン、オピオイド依存症への期待は、エキセナチド(バイエッタ)、リラグルチド(ビクトーザ)など第一世代のGLP1受容体作動薬が使われるようになったころからささやかれていましたが、セマグルチド(オゼンピック)など第2世代のGLP1受容体作動薬が使われるようになって、期待が大きくなりました。今回、アルコール使用障害に対する論文が出ましたので紹介します(JAMAPsyciatry 2024)。
スエーデン全国規模の住民対象研究です。2006年1月から2023年12月までのデータ解析で、16-64歳の227,866人、全員がアルコール使用障害です。平均年齢40歳、フォロー期間8.8年、男性63.5%です。フォロー期間中に133,210人(58.5%)がアルコール使用障害で入院しました。
スエーデンは歴史的にアルコール依存症が多い国です(Scandinavian journal of public health 2008)。男性の8.6%、女性の4.5%が大酒飲みで、男性の4.1%、女性の2.5%がアルコール依存症と報告されています。
論文紹介に戻ります。GLP1受容体作動薬の効果ですが、セマグルチドを使っている人、次にリラグルチドを使っている人でアルコール使用障害や物質使用障害で入院するリスクが少なくなっていました。アルコール使用障害、物質使用障害で入院するリスクはセマグルチドでそれぞれ0.64、0.68、リラグルチドで0.72、0.78でした。アルコール依存症の薬では入院リスク0.98とわずかしか下がらず、GLP1受容体作動薬と大きく違っていました。身体的問題で入院するリスクもセマグルチド、リラグルチドを使っている人で0.78、0.79と少なくなっていました。
肥満/糖尿病でセマグルチドやリラグルチドを使っている人は飲酒に伴う入院が少なく、依存症の治療に使えるかもしれません。結論付けるにはまだまだ研究が必要ですが、効果が認められて使えるようになると良いですね。
令和6年12月27日
食べるなら”ダーク”チョコレート
チョコレートには抗酸化物質のフラボノイドが多く含まれています。フラボノイドは心血管系に良い効果があり、糖尿病を減らす報告があります。しかしチョコレートと2型糖尿病発症の関連ははっきりしていませんでした。もしかすると、いろんな種類のチョコレートをまとめて検討したため、結果が出なかったのかもしれません。今回チョコレートの種類をわけて検討した成績が発表されましたので、紹介します(BMJ 2024)。
研究対象集団(コホート)は看護師研究のコホート2つ、および男性医療従事者研究のコホート1つ、計3つです。この3つは疫学研究ではとても有名な米国のコホートです。はじめに糖尿病、心血管疾患、悪性疾患がある方を除いています。192,208人が参加し、うち111,654人のデータを解析しました。チョコレート全体をまとめた検討は1986年、1991年以降のデータを使っています。チョコレートの種類別検討は2006年、2007年以降のデータを使った検討になります。
4,829,175人・年観察中に、18,862人が2型糖尿病を発症しました。個人因子、ライフスタイル、食事リスク因子を補正しました。チョコレートの種類を問わない解析では、週に5サービング以上摂る人はほとんど摂らない人に比べて、10%ほど糖尿病の発症が少なくなっていました。なお1サービングはチョコレートバー1本/1パック、あるいは1オンス(28g)です。
次にチョコレートの種類別に検討しました。ダークチョコレートでは週に5サービング以上摂る人の糖尿病発症が21%少なくなっていましたが、ミルクチョコレートでは少なくなっていませんでした。ミルクチョコレートは砂糖が多くカカオ成分が少なくなります。これまでチョコレート研究の結果がはっきりしなかったのは、ミルクチョコレートを含めて分析していたからかもしれません。またダークチョコレートと異なり、ミルクチョコレートをよく食べる人では体重が増加していました。
食べるならダークチョコレートが良いようです。
令和6年12月7日