大腿筋内脂肪と心不全
本来脂肪が溜まる場所でないところに溜まる脂肪を異所性脂肪と呼びます。筋肉にも脂肪が溜まります。最近、大腿筋肉内の脂肪が心不全リスクと関連していることが報告されましたので紹介します(J Am Coll Cardiol HF 2022)。
今回の研究の新しいところは、脂肪の沈着部位を大腿筋肉内と大腿筋周膜に分けて分析したことです。
対象集団は、2,399人の米国人で、年齢は70-79才、男性が48%、黒人が40.2%(残りは白人)です。研究開始時には心不全がありません。12.2年(中央値)経過観察している間に、心不全が485例発症しました。
年齢、性別、人種別、教育別、血圧値、空腹時血糖、喫煙、冠動脈疾患、クレアチニン(腎機能の指標)で補正後の成績です。
筋肉内脂肪は心不全の発症と関連していました:第3分位のハザード比は第1分位に比較して、1.34(1.06-1.69)でした。この関連は、さらにBMI(体格指数)、体脂肪率、内臓脂肪、大腿筋力で補正しても認められました。いっぽうで、筋周膜脂肪は心不全に関連していませんでした。
まとめますと、筋肉内の脂肪が心不全に関連し、筋肉周囲の脂肪は心不全に関連していませんでした。
筋肉は運動臓器ですが、内分泌臓器とも考えられます。筋肉内で起こる変化は炎症、酸化ストレス、神経ホルモン様作用を通じて遠く離れた心臓の働きに影響を与えます。
筋肉内の脂肪ですが、インスリン抵抗性(メタボリックシンドロームが代表)、炎症、筋萎縮などで、溜まりやすくなります。食事では、とくに飽和脂肪酸が多くなると溜まりやすくなります。
研究はまだ糸口の段階ですが、心不全予防の新しい道筋が示されるかもしれません。
令和4年9月30日
SGLT2阻害薬は尿路結石を減らす
SGLT2阻害薬を飲んでいる人は尿路結石が少ないかもしれません。
最初に報告したのはオランダの人たちです(Diabetologia 2021)。それぞれ12,325人を対象に、SGLT2阻害薬とGLP1作動薬の効果を2年間比べました。
SGLT2阻害薬を服用している人は、対照(GLP1作動薬を使っている人)に比べて、尿路結石のリスクが半分から2/3(発症のハザード比0.51、再発のハザード比0.68) に減っていました。
この研究のSGLT2阻害薬はおもにダパグリフロジン(フォシーガ)とエンパグリフロジン(ジャディアンス)で、この2つの薬剤間で差はありませんでした。
この報告に着目して、新しい研究が追加報告されました(JCEM 2022)。この報告は、SGLT2阻害薬をエンパグリフロジンに絞り、20編の無作為試験報告からメタ分析しています。
糖尿病患者15,081人の解析です。エンパグリフロジン群が10,177人、プラセーボ(偽薬)群が4,904人です。観察期間はそれぞれ549日、543日です。観察期間中にそれぞれ104人、79人の尿路結石が発症し、その発症率はエンパグリフロジン群が0.63/100人・年、プラセーボ群が1.01/100人・年であり、発症率の比は0.64(0.48-0.86)でした。
つまりエンパグリフロジンを服用している群は尿路結石が4割少なく、最初の研究を後押しする結果でした。
SGLT2阻害薬で尿路結石が減る理由についてです。尿量が増えることが一番の理由と考えられますが、それ以外の機序も考えられるそうです。
令和4年8月30日
明かりを消して寝ましょう
部屋を明るくして寝るのは身体に良くないと言われます。
心臓・代謝系への影響を調べた研究が報告されましたので、紹介します(PNAS 2022)。
夜の玄関程度の明るさ(100ルクス:40W白熱電球で直下距離が約80cmの明るさ)を3ルクス未満の明るさの場合と比べています。
対象は20人の若い人です。2泊してもらい、翌朝にブドウ糖負荷試験を行いました。脳波検査、心拍分析、メラトニン(睡眠に関連するホルモン)濃度も調べています。
明るい部屋で寝ると、ブドウ糖負荷試験0-30分のインスリン面積が増加し、インスリン抵抗性が増加しました(HOMA-R指数で15%増加)。メラトニン濃度は変わりませんでした。N2ステージの浅い睡眠が多くなり、深い睡眠の徐波睡眠とレム睡眠の時間が減りました。心拍数が多くなり、心拍変動が低下していました(交感神経が緊張していることを示します)。交感神経・副交感神経のバランスはインスリン面積と関連していました。
一晩でも、明るい部屋は心臓・代謝系に影響するようです。寝る時は明かりを消して寝ましょう。
令和4年6月22日
パキスタンの糖尿病
パキスタンの糖尿病の記事が出ていました(Lancet 2022)。我が国と比べてみてどうでしょうか。 簡単に紹介します。
パキスタンの糖尿病患者数は3300万人と推定されています。年齢補正して比べると、世界第3位の多さです。糖尿病はぜいたく病の印象がありますが、中〜低所得国の問題でもあります。パキスタンの糖尿病予備軍(耐糖能異常)は1100万人、うち890万人が未診断です。
パキスタンで糖尿病が多い原因は、遺伝的素因があるかもしれませんが、栄養状態の変化・ライフスタイルの変化が大きく影響しています。田舎から都市に人口が集中し、人口転換(多産多死から少産少死への移行)が、食事パターンや身体活動量を変化させています。
糖尿病に対する年間支出は1人当たり332.90米ドル(日本は3239.3米ドル)と少なく、その多くが自己負担です。パキスタンの健康管理システムは予算が少なく、負荷が過剰にかかっています。
官民連携が進んでおらず、糖尿病の教育、予防プログラム、早期診断が不十分です。若者や生殖年齢の女性の肥満、BMI(体格指数)増加が進んでいます。これらは、特に貧困層で顕著です。
すでに「女性健康ワーカー」システムがありますが、このシステムは家族計画、母子サービスに主眼が置かれています。糖尿病状況を改善するには、ここをてこ入れして糖尿病プライマリケアに積極的に取り組むようにするのが良いでしょう。
WHOやADA(米国糖尿病学会)の提言にもとづいた改善案が必要でしょう。それは (1) 先を見越したチーム連携ケア、(2) 自己管理の増強推進、(3) エビデンスに基づいた決定のサポート、(4) 医療情報システムの改善、(5) ライフスタイル変化に向けた地域社会の取り組み、(6) クォリティ向上を目指す健康システム環境 を含む必要があります。
パキスタン政府も動き出しています。疾病優先管理(第3版)を採択し、ここに1型、2型糖尿病の診断・治療戦略を組み込みました。パキスタン疾病管理センターを設立し、国民皆保険(Sehat Sahulat Card)を開始しました。これらの取り組みは早く結果が出ることが大切です。なぜなら、時間がかかると糖尿病の負担がさらに大きくなるからです。
記事はまだまだ続きますが、パキスタンの社会政策がうまくいき、糖尿病の抑制に成功することを祈ります。
令和4年6月2日