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どの程度の食塩摂取が健康に良いか (4)

次はTOHP研究(Circulation 2014)です。

この研究は米国で行われ、「第1相と第2相TOHP研究」終了後の追跡データを基にしています。全2275人で、193人に心血管系疾患が起こっています。

米国のナトリウム摂取ガイドライン推奨量は2.3g(食塩5.8g)未満と厳しく、黒人や高齢者、高血圧、糖尿病、腎障害など成人の半数はさらに厳しくて1.5g(食塩3.8g)未満です。この論文によると、米国人の1日ナトリウム排泄の中央値は3.63g(食塩9.2g相当)。同1.5g未満が1.4%、 2.3g未満が10%で、ガイドライン通りに厳しく減塩できている人はあまりいません。

心血管系疾患リスクですが、3.6-4.8g(食塩9.1-12.2g)の群を基準にしますと、2.3g未満の群で32%低く、1g増加ごとに17%リスクが増えて、リスクはU字型ではありませんでした

TOHP研究は1日ナトリウム排泄量を調べるのに朝スポット尿でなく24時間蓄尿を行い、それを3-7回繰り返しています。これまでの研究でリスクがU字型を呈したのは1回の早朝スポット尿で検査したからだと著者らは考えています。といっても、これまで24時間蓄尿あるいは複数回の24時間蓄尿検査を用いてリスクがU字型を呈した成績もあり、追試が必要かもしれません。

厳格な減塩は心血管系疾患のリスクを減らすのに有効ですが、達成はなかなか困難であることも見えてきます。


平成28年7月20日

どの程度の食塩摂取が健康に良いか (3)

次は日本人糖尿病患者の成績です(J Clin Endocrinol Metab 2014)。

この論文(JDCS研究)は、40-70歳、HbA1cが6.5%以上の糖尿病患者 1,588人を分析しています。食事アンケートに基づいてナトリウム摂取量(食塩摂取量)を推定しています。

ナトリウム摂取量を4分位に分けると、平均摂取量は1日2.8-5.9g(食塩7.1-15g相当)でした。全体でみると、心血管系疾患のリスクは、ナトリウム摂取量が多くなるにつれて増えました。ナトリウム摂取量が一番少ない群を基準(リスクが 1)にしますと、第2-4分位群のリスクは1.70、1.47、2.07でした。ナトリウム摂取量は 特にHbA1c 9.0%以上の群で劇的な影響がありました(第4分位のリスクが、第1分位を基準として 9.91)。

この研究では、集団の1/4に満たないHbA1c 9.0%以上の群が全体の結果を決めています。大多数を占めるHbA1c 9.0%未満の群では、食塩摂取量が増えても心血管系疾患のリスクが増えていませんHbA1c 9.0%以上の群は、9.0%未満の群と全く異なった性格を持っているようです。

糖尿病コントロールの悪い方はどうぞ良いコントロールを目指してください。なおこの研究ではナトリウム摂取が極端に少ない人がなく、心血管系疾患リスクがU字型を示すかどうかについては不明です。


平成28年7月14日

どの程度の食塩摂取が健康に良いか (2)

PURE研究2つめの論文です(New Engl J Med 2014) 。この論文では「ナトリウム・カリウム排泄量と死亡・心血管疾患について」を取り扱っています。平均追跡期間は3.7年、主要心血管疾患の発症・死亡は3,317人に起こっています。

ナトリウム排泄量の影響はU字型を示し、死亡・心血管疾患リスクはナトリウム排泄量4-6g(食塩10.2-15.2g相当)の人を1とすると、ナトリウム排泄量7g以上(食塩17.8g)の人で1.15、ナトリウム排泄量3g未満(食塩7.6g)の人で1.27でした。また高ナトリウム排泄(食塩過剰摂取)の影響は、高血圧の人で強くなっていました。

一つめのPURE研究と合わせると、「ナトリウム排泄の少ない群は血圧が低めで、死亡・心血管疾患リスクが上昇」していることになります。

3番目の論文「世界全体のナトリウム摂取と心血管系死亡」はPURE研究と同じ雑誌の同じ号に並べて掲載されました。内容は、(1) 塩分摂取が増えると必ず血圧が上がる。(2) 血圧が上がれば必ず心血管系疾患が増える。この (1) と (2) の仮定を掛け合わせ、これを国別に計算すれば、「食塩過剰摂取が及ぼす心血管系疾患の世界地図」が出来上がります。この論文によると、世界で毎年165万人が食塩過剰摂取で亡くなっているそうです。ただ編集者がコメントしていますが、仮定を重ねて力づくで計算していますので、推定された結果は慎重に解釈する必要があります。

さて、食塩摂取量の世界的平均はナトリウム換算で1日3.95g(食塩10.0g相当)だそうです。日本人の1日食塩摂取量は、男性10.9g、女性9.2gですので世界平均に近く、今の日本人の食事は世界的にみて特に塩分が多いわけでなさそうです。


平成28年7月11日

どの程度の食塩摂取が健康に良いか (1)

どの程度の食塩摂取が健康に良いかは実はわかっていません。これまで「糖尿病患者の食塩摂取量の基準」、「健康的な食事は慢性腎臓病を減らす」で紹介してきましたが、なかなか難しい問題です 。決着はついていませんが、最近の論文をまとめておきます。

最初に食塩量の表示法について説明します。多くの論文は食塩(NaCl, 塩化ナトリウム)をナトリウム量で示しています(ナトリウムg量を食塩g量に換算するには2.54を掛けて下さい)。疫学では食塩摂取量を推定するのに1日尿中ナトリウム排泄量食事アンケートが使われています。尿中ナトリウム排泄量がよく使われるのは、摂取したナトリウムの大半が尿中に排泄されるためです。食事アンケートは手間がかかり、摂取量を過小評価する可能性があります。


1日尿中ナトリウム排泄量は24時間蓄尿あるいは朝のスポット尿から推定します。24時間蓄尿はきちんと行われると精度が高いと考えらえれます。しかし尿の一部が捨てられていてもわかりません。特別の薬剤(4-アミノ安息香酸)を用いて検証した論文では7割もの蓄尿検体が不十分な蓄尿だったとの報告もあります。スポット尿は蓄尿に関わる問題点がなく、尿検体の保存も良好です。しかしどの程度24時間排泄量を反映しているか、に弱点があります。


まずPURE研究(N Engl J Med 2014)です。雑誌の同じ号にPURE研究の論文が2つ載っていて、参加人数が102,216人(18ヶ国 )、156,424人(17ヶ国)となかなか壮大です。論文には、インターソルト研究(BMJ 1988)の参加人数が少なかったため、PURE研究では人数を増やしたと書いてあります。1日のナトリウム排泄量は朝スポット尿から推定しています(川崎法)。

PURE研究1つ目の論文は「ナトリウム排泄量・カリウム排泄量と血圧について」検討しています。結果を見ますと、集団全体では「ナトリウム排泄1g (食塩2.54g相当)が増える毎に血圧は平均 2.11/0.78mmHg上昇」していました。

血圧に対する影響は「ナトリウム排泄量の多い」、「高血圧のある」、「高齢者」で強いという結果でした。なおナトリウム排泄量の少ない群(3g/日未満:食塩として7.6g未満)では血圧に有意な影響がありませんでした(同0.74/-0.1mmHg)。カリウム排泄量については今回は割愛します。

おおむね納得のできる結果ではないでしょうか。


注: インターソルト研究(BMJ 1988)は52ヶ国 10,079人、20-59歳が参加した研究で、食塩摂取量(24日蓄尿検査で推定)と血圧に弱い相関を認め、塩分摂取制限の根拠にされてきました。しかし、食塩摂取量の極端に少ない外れ値の4施設(ブラジル原住民2種族、パプアニューギニア、ケニヤ:ナトリウムとして0.2、6、27、51mmol (注:単位がmmolです、食塩として0.01、0.35、1.6、3.0g)を除くと相関がなくなり、解釈が混沌としていました。


平成28年7月8日

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