院長ブログ一覧

DPP4阻害薬とコロナウイルス感染症

ウイルスが細胞に感染する時、ウイルスが最初にすることは「細胞にくっつく」ことです。ウイルスは細胞にくっつく仕組みを開発しています。

コロナウイルスで言うと「外側のスパイク糖蛋白」が私たちの細胞表面にある特定の標的に結合します。標的にされた構造物をウイルス受容体と呼んでいます。

新型コロナウイルスが流行する前に重篤な呼吸器症候群を起こしていたコロナウイルスに、広東省起源のSARS(重症急性呼吸器症候群)とラクダが媒介するMERS(中東呼吸器症候群)があります。

話を簡略にしていますが、SARSは細胞表面のACE2に結合します。MERSはDPP4と結合します。ACE2、DPP4がそれぞれのウイルスの受容体ですね。新型コロナウイルスの受容体は、発見当初ACE2だろうと推定されました。

新型コロナウイルスのスパイク糖蛋白はSARSとMERSの中間で、お互いによく似ています。このことから、新型コロナウイルスは、ACE2以外にDPP4にも結合するのではないかと仮定されました。

スパイク蛋白の結晶構造の解析から、新型コロナウイルスのスパイク蛋白はDPP4に対する親和性も高く、DPPに結合するドメインはMERSと同じと発表されました(iSience 2020)。

新型コロナウイルス重症感染者では血中の可溶性DPP4が減少していると報告されました(242.70、健常人497.70ng/ml)。敗血症も重篤な感染症ですが、新型コロナウイルス感染症と違い、敗血症では可溶性DPP4の減少を認めませんでした(Int J Obesity 2020)。新型コロナウイルス感染によってDPP4が何等かの影響を受けていることが推定されます。

重症の新型コロナウイルス感染症で入院した人にジャヌビア(DPP4阻害薬)を投与してその効果をみた研究があります(Diabetes Care 2020)。北イタリアの7つの病院の研究で、338人の入院患者が対象です。標準治療はインスリン療法ですが、半数の169人にジャヌビアも投与しました。結果は素晴らしいもので、ジャヌビアは死亡率を減らし(18%、対照37%、ハザード比0.44)、臨床スコア改善も多く(60%、対照38%)、退院者(120人、対照89人)も多い結果でした。

現在DPP阻害剤の研究が進行中です。もしこの研究の指し示すものが本当ならとても頼もしいと思います。


令和2年12月16日

1週間に1回のインスリン注射

1週間に1回のインスリン(アイコデクインスリン)が開発途上です。開発しているのはノボノルディスク社です。その効果と安全性を検討した論文が発表されました(NEJM 2020)ので紹介します。

2型糖尿病患者247人を無作為に1:1に分け、アイコデクインスリン(週1回注射)とグラルギンインスリン(1日1回の注射)を比較しました。

注射回数が異なるインスリンの比較ですが、二重に偽薬をつかって盲検法(医師も患者もどちらのインスリンを使っているかわからない)を成立させています。

具体的には、アイコデク群は「アイコデク週1回注射+偽薬毎日注射」を行い、グラルギン群は「偽薬週1回注射+グラルギン毎日注射」を行いました。研究ではこの2群を26週観察しています。

インスリン開始前のHbA1cはアイコデク群で8.09%、グラルギン群で7.96%でした。観察終了時はそれぞれ、6.69%(Δ -1.33%)、6.87% (Δ -1.15%)でした。両群間の変化差は-0.18%で有意差はありませんでした

低血糖は両群とも少なく、アイコデク群で0.53件/人年、グラルギン群で0.46件/人年でした。インスリン注射に係る副作用も両群間で差がなく、過敏反応や注射局所の反応も、両群とも少ない結果でした。アイコデクインスリンに対して有望な結果ですね。

週に1回のインスリンは、注射して1週間はインスリン必要量が変わらないことが前提になります。急性胃腸炎その他で食べることができなくなったり、運動を開始してインスリン必要量が少なくなった場合、低血糖リスクが考えられます。週1回注射で便利なところがありますが、注意も必要です。


令和2年12月5日

SGLT2阻害薬の心血管系保護作用

SGLT2阻害薬(カナグル、フォシーガ、ジャディアンスなど)は尿糖を増やして血糖を下げる薬です。

これまで無作為試験でSGLT2阻害薬に心血管系保護作用があることが報告されていましたが、実際の臨床の場でも保護作用が確認されました(BMJ 2020)。

カナダ7州とイギリスの2013-2018年の臨床データの解析です。SGLT2阻害剤を初めて処方された209,867人と、処方傾向をマッチさせたDPP-4阻害薬処方の209,867人の比較です。

DPP-4阻害薬(ジャヌビア、エクア、ネシーナ、トラゼンタ、テネリアなど)はインクレチンの働きを高めて血糖を下げる薬です。DPP-4阻害薬は東アジア人で効果が高いことが知られています。

主要評価項目はMACE(主要心血管イベント:心筋梗塞+脳梗塞+心血管死)です。二次項目がMACEの個々のイベント、心不全、全死亡です。観察期間は0.9年です。

結果ですが、MACEのリスク比0.76(心筋梗塞0.82、心血管死0.60)、心不全0.43、全死亡0.60と各項目のリスク比が減少していました。またSGLT2阻害薬(カナグル、フォシーガ、ジャディアンス)の薬物間の差を認めませんでした。

脳梗塞についてはリスク比0.85(0.72-1.01)と減少傾向にありましたが、有意差がありませんでした。SGLT2阻害薬は脱水を来して脳梗塞が増える怖れがありましたが、その心配はなさそうです。

この研究でSGLT2阻害薬のMACE抑制効果がさらにはっきりしたことになります。


令和2年11月25日

やっぱり運動は身体に良い

新型コロナウイルスの流行で運動量が減り勝ちになっていませんか。

通りですれ違うくらい程度ならコロナ感染リスクは高くありません。運動不足は身体に良くありません。裏通りなど人の少ない場所の散歩はいかがでしょうか。人の姿が見えない時はマスクも外せます。軽い筋トレもお勧めです。歩くだけでは転倒を防げません。運動メニューに軽い筋トレを加えましょう。

米国の成績ですが、59,819人の8.75年にわたる観察から「余暇時間の運動が全死亡、特定疾患(心血管系、癌、下気道)による死亡を大きく減らす」と報告されました(BMJ 2020)。全死亡でみると、心肺トレーニングでハザード比0.71、筋トレで0.89です。両方の運動を行った人は0.60まで低下しています。

アジア人では運動の研究が少ないかもしれません。今年のヨーロッパ糖尿病学会で台湾の成績が発表されています。対象は4859人の2型糖尿病患者です。中等度の運動(800kcal/週)で全死亡リスクが0.75、激しい運動(800kcal以上/週)で0.68に低下していました。

無理な運動は避ける必要がありますが、少しずつ身体を動かしてみましょう。きっと良いことがあります。


令和2年10月6日