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我が国の糖尿病食事療法の歴史(1)

ふるきを温めて新しきを知る(温故知新)という言葉があります。糖尿病の食事(食餌)療法をよく理解するために、歴史的な変遷を眺めてみたいと思います。

我が国の糖尿病食餌療法の歴史は、ざっと3つの区分に分けられます。

(1) 炭水化物を厳重に制限した時代 (〜1920年代)
(2) 炭水化物制限を緩和した時代 (1920〜1960年代)
(3) 食品交換表の時代 (1960年代〜現在) です。


それぞれの時代は、

(1) インスリン発見前の時代、
(2) インスリンが使われだした時代、そして
(3) 経口剤が使われるようになった時代  にほぼ相当します。


今回は、(1) 炭水化物厳重制限食時代(〜1920年代)についてお話します。

この時代には血糖を下げる手段がありませんでした。理念は「糖を排出するが故に制限すべし」であり、「炭水化物を極力避け、蛋白質・脂肪でカロリーを摂取する」ことが行われました。

大阪大学小澤先生の食餌療法から厳格食餌を紹介します。小澤先生自身、糖尿病であり、厳格な療養者であったそうです。最後はインスリン治療をされましたが、心筋梗塞で亡くなられています。

まず食材です。

厳格食餌トハ蛋白質及ビ脂肪ヨリナル食物ヲ称ス。即チ牛肉・豚肉・馬肉・鶏肉・魚肉・介類及ビ蝦・蟹・章魚・烏賊ノ類(但シ牡蠣ハ「グリコーゲン」ヲ含有スルガ故ニ多少ノ顧慮ヲ有ス)・卵・豆腐油揚等之ニ属シ、


次に調理法です。

酢・鹽及ビ「サッカリン」若シクハ「クリスタルローゼ」ヲ以テ巧ニ調理シ、梅干・田麩・浅草海苔・沢庵・鹽昆布ヲ添ヘテ食思ヲ動カシ、番茶・紅茶・「ウィスキー」・平野水等ノ飲料ヲ以テ清涼ノ気ヲ喚起シ、以テ久キニ堪ユルノ工夫ヲ凝スベシ


クリスタルローゼもサッカリンです。平野水は炭酸水です。


斯ノ如クニシテ日々全尿ニ就イテ検糖シ、何日ニシテ糖尿ヲ去ルコトヲ得ルカニヨリテ病症ノ軽重ヲ知ルノ資料ニ供ス


厳格食餌によって尿糖が改善することが述べられ、改善に要する日数が糖尿病の軽重判断の一助になっています。みなさんにとってこの厳格食はどうでしょうか。当時の日本人に厳格食は 食べにくかったことと思います。巧に調理し、食思を動かし、清涼の気を喚起して、久きに堪ゆるの工夫を凝らす必要性が書かれています。


平成23年5月16日

食物中の炭水化物について

糖尿病食事療法の中で炭水化物について考えてみたいと思います。今回は総論です。

(1) 炭水化物の割合(歴史)

炭水化物は血糖に直接影響します。

「血糖を制御するためには炭水化物の摂取をコントロールしなければならない」


糖尿病の薬のない時代、血糖コントロールは食餌によるしか方法はありませんでした。そのため初期の糖尿病食は極端な炭水化物制限食でした。極端な炭水化物の制限は、さらに飢餓療法(アレンが確立)へと進んでいきます。

こういった食餌療法が身体に良いはずはありません。食餌療法を守った人ほど命を落としたとまで言われています。それが1920年以降、徐々に炭水化物の制限が緩み、三大栄養素のバランスがとれた食餌療法に変わってきたわけです。

我国における糖尿病食餌療法の歴史を見ても、世界と共通です。

(1) 炭水化物厳重制限食時代
(2) 炭水化物制限緩和・混乱時期
(3) 食品交換表の時代  の時代があります。


最近、炭水化物を極端に制限した食事(低炭水化物食)が提唱されています。なんだか振り出しに戻ったようですが、アメリカ糖尿病学会は減量のための食餌療法として2年に限り認めています。

(2) 炭水化物の種類

炭水化物は全て同じように血糖に影響を与えるのでしょうか。

単純糖質も複合糖質も同じ速度で消化吸収されることがわかっています。炭水化物が血糖に影響を与えるなら、「食品中の炭水化物を(種類を無視して)合計し、その炭水化物量を基に血糖を制御しよう」、「インスリン注射の単位数も食品中の炭水化物量で決定しよう」と考えるのも素直な発想です。この考え方がカーボカウンティングです。カーボカウンティングでは炭水化物のみに着目します。そのため食事療法が単純化され、特に1型糖尿病の方で食餌療法の自由度が大きくなります。

しかし同じ炭水化物量であっても、全ての食品が同じような血糖の上げかたをするわけではありません。血糖を上げにくい炭水化物食品、上げやすい炭水化物食品があります。この指標がグリセミックインデックスです。実際の摂取量も考慮した指標はグリセミックロードです。グリセミックインデックスは基準食と比較してどの程度血糖が上昇するかを示します。グリセミックインデックスに着目すると、単純に食物線維を増やすより血糖コントロールが改善します。


平成24年4月7日

HbA1cの表記法の変更

平成24年4月1日からHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の表記法が変わります。これまでより0.4%ほど高く表現されますので、コントロールが悪くなったと勘違いしないようにして下さい。また健診の場面では、新しい表記法は1年先まで使われません。どうぞ、混乱のないようにしてください。

HbA1c検査には世界的にみて3つの標準化システムがあります。日本(JDS)、北欧(MonoS)、米国(NGSPの3つです。すべてHPLC(高速液体クロマトグラフ)法を基準に定められています。測定精度はMono-S、JDSが高く、NGSPはやや低くなります。実はNGSPで測定されるHbA1cの1/3は真のHbA1cではありません。

国際臨床化学連合(IFCC)は、これら3つのHbA1c標準化システムを検討しました。そして、これら3つを繋ぐものとしてIFCC-HbA1cを提案しました。IFCC-HbA1cはこれまでのHbA1cより厳密な検査です。単位も%でなく、mmol/molを薦めています。これまでのHbA1cとIFCC-HbA1cとは下に示す関係があります。

IFCC-HbA1c(mmol/mol)をXとしますと、
NGSP (%) = 0.0915X + 2.15
JDS (%)  = 0.0927X + 1.73
MonoS(%) = 0.0989X + 0.88  
HbA1c(NGSP) 6.5%は、HbA1c(JDS)6.1%、IFCC-HbA1c48mmol/molになります。


この合意(2007年)を受けて、米国を除く欧米ではIFCC―HbA1c(mmol/mol)に変わりつつあります。数年間の併記期間を経て、今やmmol/molの単位でしか結果を返さない国もあります。

今回の我が国の変更もmmol/mol単位が良かった気がします。値が一桁違うので、すぐに変更に気がつくからです。


平成24年3月26日