院長ログ

グルカゴンの不思議

グルカゴンというホルモンをご存知でしょうか。

インスリンと同じく、膵臓にあるランゲルハンス島(膵島)から分泌されるホルモンです。インスリンが血糖を下げるホルモンなら、グルカゴンは血糖を上げるホルモンです。低血糖昏睡を起こしたときの注射薬としても使われます。

糖尿病は血糖が高くなる病気です。一般的にインスリンの作用不足(インスリンが足りない、効き難い)がその原因とされますが、グルカゴンの作用が強過ぎる場合も高血糖の原因になります。

グルカゴンの影響は思っていたより大きいかもしれません。遺伝子を操作したマウスの成績ですが、グルカゴン作用を完璧に抑えてしまうとインスリン産生細胞(β細胞)を薬でつぶしてしまっても糖尿病になりません(Diabetes 2011)。グルカゴンの影響がこれほど大きいなら、糖尿病の基本的考えを修正する必要もあります。

糖尿病ではグルカゴンが多くなっています。膵島内でグルカゴン分泌を抑えているインスリンが不足するため、グルカゴンが過剰に分泌されると考えられています(グルカゴンを分泌しているのはα細胞)。ところが、もともとインスリン産生細胞であった細胞(β細胞)がグルカゴン分泌細胞に姿を変えている可能性が報告されました(Cell 2012)。β細胞が脱分化(先祖がえり)するのです。

糖尿病で血糖が非常に高いとβ細胞に負担がかかってFoxO1が抑制されます。FoxO1は、β細胞の増殖に関わっている転写因子の一つです。転写因子は、遺伝子(DNA)の情報を鋳型mRNAへ転写する時にいろいろな調節を行う一群の蛋白質のことです(mRNA:遺伝子の情報を伝える中間物質で、次にmRNAの情報に基づいて蛋白質が作られます) 。
 
そこでこの転写因子が全く働かないマウスを作ってみました。臨床的には一見健康です。このマウスに代謝負荷をかける(老化、多産)と、β細胞は本来の性質を失ってインスリンを作らなくなり、グルカゴンを含む他の膵島ホルモンを分泌するようになります。高血糖にさらされたβ細胞は力尽きて死ぬのでなく、β細胞であることを止めて生き延び、グルカゴンまで分泌して糖尿病を悪くする側に寝返っているのです。

この論文にはシェークスピアの言葉をもじったコメントがついています: Diabetic β Cells: To Be or Not To Be? 糖尿病のβ細胞:生きるべきか、死ぬべきか


注:
インクレチン関連製剤*はグルカゴン分泌を抑える効果があり、これは他の薬にはない効果です。
 * GLP-1アナログ、DPP-IV阻害剤


平成25年2月13日
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