新しい薬の開発法、ブロッコリー抽出物の例
薬の新しい開発方法が開拓されています。病気の影響を受けている臓器の遺伝子を調べ、異常になった遺伝子の働きを元に戻す化合物を探します。有望な化合物が見つかれば培養細胞系で検討し、次に動物で確認し、最終的にヒトで検討します。昔には考えられない方法で、科学の発展を感じます。
この方法で、ブロッコリーに含まれるスルフォラファンが2型糖尿病の血糖を下げることが示されました(Sci Trans Med 2017)。少し込み入った内容ですが、方法が面白く、ここに紹介します。
使われたスルフォラファンはブロッコリー5kg/日に相当する量で、非生理的な量です。現段階で糖尿病の方に勧められるものでないことを初めに断っておきます。
2型糖尿病の肝臓では、ブドウ糖の合成(糖新生)が増加しています。そこで2型糖尿病肝における遺伝子発現データを調べ(マウス334匹)、糖新生亢進に関わりそうな1720個の遺伝子を得ました。次にこの遺伝子を4つの基準でスコア化し、50個の遺伝子からなる一つのネットワーク(疾患特異的署名)を探し出しました。次に3852の化合物から、過剰発現された遺伝子を下方調整する化合物を数学的モデルで検索し、スルフォラファンを見つけてきました。スルフォラファンの作用部位は、転写調節因子NRF2(erythroid 2-related factor 2)です。肝臓でこの調節因子が活性化しますと、糖新生に関わる重要な酵素の発現が減少します。
次のステップはスルフォラファンが「実際に作用する」ことの確認です。まずマウスの肝細胞系培養細胞を用いてスルフォラファンで糖産生が減少することを確認しました。次にラットにスルフォラファンを投与して食事負荷をかけ、スルフォラファンが耐糖能異常を予防することを見出しました。また糖尿病マウスで、スルフォラファンがメトホルミンと同程度の耐糖能改善効果があることを示しました。
最後にヒトの成績です。対象は60人のコントロール良好糖尿病患者と37人のコントロール不良の患者さん(20人は非肥満、17人肥満)です。二重盲検法で12週観察しました。ヒトの研究ではブロッコリースプラウト抽出物(BSE)を使いました。ブロッコリースプラウトはスルフォラファンの前駆物質のグルコラファニンを含んでいます。スルフォラファン150μmol相当のBSEを1日1回服用してもらいました。
HbA1cはBSE服用群で下がり(P=0.004)、開始時のHbA1cが高いほど下がり方が大きくなりました(開始時のHbA1cが1mmol/mol 高いごとに Δ0.2mmol/mol の低下)。コントロール良好の患者さんでは改善効果を認めませんでしたが、コントロール不良群で空腹時血糖が改善(P=0.023)、特に肥満+コントロール不良群で空腹時血糖、HbA1cが改善しました(Δ0.7mM、P=0.036 と Δ4mmol/mol、P=0.034)。単位がややこしいですが、空腹時血糖は13mg/dlの改善、HbA1cは0.4%弱の改善になります。副作用は服用開始数日間の胃腸系の不快感、鼓腸でした。
平成29年7月7日
究極?のインスリン基礎分泌補充: GLP-1製剤を配合したインスリン製剤
今回はGLP-1製剤を配合した持効型インスリン、ザルトフィ(ノボ社)の話題です。国内未発売ですが、この合剤を使うと2型糖尿病患者のインスリン注射回数を増やさずに済みそうです。
開発背景を簡単に説明します。インスリン分泌にはほぼ一定な「基礎分泌」と食事負荷で分泌される「追加分泌」があります。2型糖尿病でも糖尿病が進行して「基礎分泌」が不足しますと、その補充のため持効型インスリンを注射します。この段階では1日1回の注射です。糖尿病がさらに進行しますと、「追加分泌」の補充も必要になります。「追加分泌」の補充は(超)速効型インスリンを各食前に注射します。つまり良好なコントロールを保つにはインスリンの注射回数を増やしていく必要がありました。
今回開発されたザルトフィ(Xultophy)は、トレシーバ(100U/ml)と ビクトーザ(3.6mg/ml)の合剤です。 トレシーバが持効型インスリン、ビクトーザがGLP-1製剤になります。使用対象は、「トレシーバ1日50U」あるいは「ビクトーザ1.8mg」でコントロール不良の人になっています。日本で承認されているビクトーザの量は最大0.9mgですので、ちょっと多めですね。
まだ学会発表で予備的な段階ですが、今年(平成29年)の米国糖尿病学会でザルトフィと従来の頻回注射を比べた成績が発表されました。ザルトフィは1日1回の注射です。頻回注射群はグラルギン(持効型インスリン)を1日1回、それに加えて食直前に超速効型インスリンのノボラピッドインスリンを1日4回以下の注射です。対象は2型糖尿病252人、観察期間は26週です。適切な注射量(単位量)を決めていくために血糖を測定しますが、その測定回数はザルトフィ群で1日1回、頻回注射群で1日4回です。
達成したHbA1cは同程度(ザルトフィ群でと頻回注射群で、それぞれ1.48%減と1.46%減)でした。しかしザルトフィのほうが低血糖が少なく(それぞれ19.8%と52.6%)、体重増加も少ない結果でした(0.93kg減と2.64kg増)。これをみると、同程度のコントロールを得るのに注射回数が少なく、低血糖が少なく、体重増加が少なく、血糖測定回数も少ないザルトフィの方がいいですね。
サノフィ社も同様の製品を作っています。ソリクァ(Soliqua)はグラルギン100U/ml+リキセナチド33μg/mlを含む製品です(グラルギンが持効型インスリン、リキセナチドがGLP-1製剤)。基礎インスリン30U(+/- リキセナチド)でコントロール不良の人が対象です。米国では両剤とも昨年11月承認されています。
平成29年6月29日
減量の薬 リラグルチド
リラグルチドはGLP-1アナログ製剤で、日本では0.9mgまでの注射製剤が市販されています(製品名:ビクトーザ)。GLP-1アナログ製剤は食欲抑制効果があり、量を増やすと減量効果が高まります。欧米では、サキセンダ(Saxenda)という3mg製剤があり、平成26年12月に米国で、翌年2月にカナダで、3月に欧州連合(EU)で肥満補助療法として承認されています(日本では未発売)。
サキセンダの減量効果を示した論文が平成27年に発表されています(NEJM 2015)。この論文では3731人の肥満者(平均45歳、体重106kg、BMI38.3)を (1) サキセンダ群2487人、(2) 偽薬群1244人の2群に分け、56週ほど二重盲検法で観察しています。
結果ですが、サキセンダ群で8.4kg、偽薬群で2.8kgの体重減少があり、その差は-5.6kg (95%信頼区間は-6.0〜-5.1kg)でした。なおこの論文ではどちらの群も食事・運動療法を行っており、単に注射だけしているわけではありません。
サキセンダは高額ですが(米国でひと月分1000ドル)、よく売れているようです。製薬会社(ノボ社)によりますと、サキセンダの第一4半期の売り上げは約90億円でした。会社全体の売り上げの2%程度だそうですが、さらに売れ行きが伸びると予想されています。
平成29年5月23日
カロリーゼロ炭酸飲料と認知症
人工甘味料によるカロリーゼロ炭酸飲料は食欲亢進をもたらし、肥満・メタボリックシンドロームを引き起こす可能性があります。平成21年に大阪糖尿病患者教育担当者研修会(ODES)でこのことを講演しましたが、当時はペプシ、コカ・コーラに続いて三ツ矢サイダーがカロリーゼロ飲料に参入したばかりでした。いまやカロリーゼロは大変な人気商品になっています。
カロリーゼロ炭酸飲料と脳卒中、認知症の論文が出ましたので紹介します(Stroke2017)。認知症については初めての論文になります。対象は脳卒中研究は45歳超の2888人、認知症研究は60歳超の1484人です。飲料摂取量は質問票で判断しています(食事記録との比較でカロリーゼロソフトドリンクとペプシ/コカ・コーラの相関係数は0.81と高く、大きな問題はなさそうです)。10年ほど観察し、97人の脳卒中(82人が虚血性)、81人の認知症(アルツハイマー型が63人)ありました。
年齢、性別、教育(認知症研究)、カロリー摂取量、食事の質、身体活動量、喫煙で補正しますと、”カロリーゼロ飲料”の最近の摂取量が多い、あるいは総摂取量が多い人で虚血性脳卒中、総認知症、アルツハイマー型認知症が増えていました。まったく飲まない人を基準にすると、最もよく飲む人(1日1本以上)では、虚血性脳卒中リスクが2.96、アルツハイマー型認知症リスクが2.89に増えていました(総摂取量による分析)。砂糖含有飲料では関連がありませんでした。
”カロリーゼロ飲料”をたくさん飲む人でなぜ認知症が増えていたのか、その仕組みはよく分かりません。観察研究なので因果関係まで言えませんが、カロリーゼロ炭酸飲料は控えめにするのが良いでしょう。
平成29年5月13日