院長ログ

新しい糖尿病薬の開発:もともとは喘息の薬

引き続いて糖尿病新薬の可能性を探る研究のお話です。

肥満とインスリン抵抗性(糖尿病)は炎症で繋がっている」という見方があります。動脈硬化もそうですが、病気の細かなところをみると、炎症と同じ反応が起こっています。小さな炎症ですので、これを捉えるには通常より高感度のCRP検査が使われます(注: CRPは一般的な炎症反応の検査です)。

炎症が疾患の土台にあるなら、炎症に着目して糖尿病新薬が探せるかもしれません。これまでにない戦略です。今回は、炎症性リン酸化酵素(キナーゼ)であるIKKepsilonとTBK1に着目した研究を紹介します(nature med 2013、Cell Metab 2017)。

研究はまだ初期段階で、糖尿病の人にすぐに勧められるものでないことをお断りしておきます。まず研究の背景ですが、脂肪の多い食事を摂りますととNF-κB(転写因子として働く蛋白質複合体)の活性化が起こり、肝臓と脂肪でIKKepsilonとTBK1が誘導されます。誘導されたIKKepsilonとTBK1は抗炎症プログラムを開始してエネルギー貯蔵を持続させます。

この2つの酵素(IKKepsilonとTBK1)を阻害する物質として、著者たちは 150,000の化学物質を探索し、アンレキサノクスを見つけてきました。アンレキサノクスは我が国で開発され、すでに喘息やアレルギー性鼻炎の薬として認可されている薬です(ソルファ: 1987年発売)。

最初に肥満マウスで検討しました。アンレキサノクスを肥満マウスに投与しますと熱産生が亢進してエネルギー支出が増え、体重が減少し、インスリン感受性、脂肪肝が改善しました。

次がヒトの研究です。対象は「肥満、非アルコール性脂肪性肝疾患のある2型糖尿病42人」で、アンレキサノクスあるいは偽薬を12週服用してもらいました。

アンレキサノクスは1/3の人に効果があり、HbA1cが0.5%以上低下しました。効果があった人はCRPが高く(高炎症状態)、生検した脂肪組織をみると炎症に関わる遺伝子が活性化されている人でした。炎症に重要なサイトカインであるIL-6の増加があり、エネルギー支出、脂肪細胞の褐色化(ベージュ化)に関わる遺伝子発現の多い人でした(アンレキサノクスで1100ほどの遺伝子発現が変わるそうです)。

注: IL-6は炎症を促進するサイトカイン(免疫系細胞からでる生理活性蛋白)として知られていますが、炎症を抑える作用もあるようです。IL-6が働かないようにしたマウスに「餌で肥満を起こさせる」と耐糖能が著しく悪化します。IL-6の働きがなくなると、インスリン抵抗性が強くなり、炎症が悪化し、組織の監視と修復に広く関わる抗炎症性マクロファージ群の発生が減少します (nature immunol 2014)。

注: 褐色脂肪細胞は通常の白色脂肪細胞と異なり、代謝がとても盛んで大量の熱産生をおこします。褐色脂肪細胞に似た特性を持つのがベージュ脂肪細胞です。

前回に紹介したスルフォラファンもそうですが、糖尿病の人全員に同等の効果があるわけではありません。遺伝子発現が偏った人にだけ効果があります。病名でなく病態をみて使う必要ががあるところは、証をみて漢方薬を使うことと通じる気がします。


平成29年7月26日

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