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GLP1製剤による心血管イベント、心血管死の抑制

最近、糖尿病の薬が心筋梗塞や脳卒中など心血管疾患を減らすことが話題になっています。GLP1製剤では、リキシセナチド(リキスミア) 、リラグルチド(ビクトーザ)、セマグルチド(未発売)の成績が発表されています。

もともと 「糖尿病の薬が心血管疾患を増やさない」ことを確認する目的で行われた試験ですが、どの薬も心血管疾患を増やすことはなく、後2者ではむしろ減らす成績が得られました。少し細かくなりますが、それぞれの成績を紹介します。

まずリキスミアです(ELIXA試験:NEJM 2015)。
対象は180日以内に急性冠症候群(心筋梗塞など)を起こした2型糖尿病 6,068名。一次エンドポイントは心血管死+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中+不安定狭心症による入院です。25ヶ月観察しました。プラセーボ群(偽薬)と比較し、一次エンドポイントのハザード比は1.02(0.89-1.17)と、心血管疾患リスクに差がありませんでした。またエンドポイントの各項目についても群間に差がありませんでした。

次はビクトーザです(LEADER試験:NEJM 2016)。
対象は心血管疾患発症リスクの高い2型糖尿病 9,340名。使われたビクトーザの量は1.8mgと日本の倍です。一次エンドポイントは心血管死+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中です。 3.8年観察しました。プラセーボ群(偽薬)と比較し、 一次エンドポイントのハザード比は0.87(0.78-0.97)と低く、ビクトーザは心血管疾患のリスクを抑制しました。非致死性心筋梗塞と非致死性脳卒中は両群に差がありませんでしたが、心血管死、総死亡が少なくなりました。

最後にセマグルチドです(SUSTAIN試験:NEJM 2016)。
セマグルチドは1週間に1回注射するGLP1製剤です。対象は心血管疾患発症リスクの高い2型糖尿病 3,297人。セマグルチドは0.5mgと1.0mg量が使われました。プラセーボ群(偽薬)と比較し、一次エンドポイントはLEADER試験と同じく、心血管死+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中です。2.1年観察しました。一次エンドポイントのハザード比は0.74(0.58-0.95)と低く、セマグルチドも心血管疾患のリスクを抑制しました。LEADER試験と異なり、非致死性心筋梗塞と非致死性脳卒中に差があり、心血管死に差がありませんでした。

まとめますと、リキスミアは心血管疾患リスクを抑えませんでしたが、ビクトーザとセマグルチドはリスクを抑えました。結果を分けたのは、もしかすると患者背景が異なることかもしれません。リキスミア試験では、ビクトーザとセマグルチド試験より重篤な心血管系障害をもつ人が対象に選ばれています。

ビクトーザとセマグルチドの試験もよく見ると、エンドポイント各項目の結果が微妙に異なります。この違いが薬剤による差かどうかはわかりません。2つの試験は似通っていますが、微妙に試験デザインが異なります。次の試験が発表されるまで結果を深読みしないでおきます。


平成28年11月18日

2%の差は大きいか小さいか (32.7% 対 34.7%)

コレステロールの高い人のための薬にゼチーア(エゼミチブ)という薬があります。ゼチーアは小腸に働き、コレステロールの吸収を抑えます。その結果 血中コレステロールが下がりますが、動脈硬化を抑える作用は実証されませんでした。2008年に発表されたENHANCE試験です(ENHANCE試験ではシンバスタチンとの合剤 ビトリンが使われました: シンバスタチンとビトリンを比較)。

製薬会社は効果がなかったことを隠して大きく宣伝し、売り上げを伸ばしました。2007年の米国ではビトリンの直接宣伝費(消費者への直接宣伝)だけで2億ドルが使われ、50億ドルの売り上げがありました。やがて隠していることがばれて社会問題に発展し、ENHANCE試験は製薬会社と無関係の第3者によって解析され、医学雑誌に発表されました(NEJM 2008)。 

2015年にImprove-It試験が発表されました(NEJM 2015)。この試験はシンバスタチンにゼチーアを上乗せしてその効果を観察した研究で、観察期間が平均7年、対象は急性冠症候群後の患者18,144人(平均年齢64歳)です。Improve-It試験ではゼチーアの上乗せ効果が認められ、ゼチーアが動脈硬化を抑えることが実証されました。ただ主要評価項目の絶対差がわずか2%(32.7% 対 34.7%)でした。

これまでFDA(米国食品医薬局)はゼチーアにコレステロールを下げる効果しか認めていませんでした。製薬会社は、ゼチーアに有意な効果が認められたので「心血管系疾患を抑える効果」をFDAに申請しました。FDAはこの申請を却下しました。臨床的にインパクトがないという理由です。リスクの低下は心筋梗塞と脳梗塞の低下でもたらされたものであり、全死亡が下がっていないことも問題視されました。対象が急性冠症候群後の患者であり、安定期にある患者ではもっと差が小さくなるだろうことも指摘されました。

NEJM(2016)に統計の読み方の論文が掲載されました。その中で、統計学的に有意であっても臨床的な意義に乏しい研究として Improve-It試験が紹介されています。2%の差は統計学的には0-4%(95%信頼区間)のどこかであり、余分にかかる薬剤費や起こり得る副作用に見合わないと結論づけています。

最近シンバスタチンよりコレステロール低下作用の強いピタバスタチンを服用している患者にゼチーアの上乗せ効果を検討した成績の発表がありました。HIJ-PROPER試験です。まだ学会発表段階でこれから試験が続きますが、3.9年経過では有意差がありませんでした(32.8% 対 36.9%)。この試験の面白いところは、コレステロール吸収のマーカーであるシトステロールを測定していることです。ゼチーアの上乗せ効果はコレステロール吸収能で大きく変わります。シトステロールが2.2μg/ml未満の人ではゼチーアは効果がありませんでしたが、シトステロールが高い人では29%の相対リスク低減がありました。

ゼチーアはもしかすると、コレステロール吸収の強い人に良い薬かもしれません。しかしシトステロールは保険収載の検査でなく、欧米でも一般的検査でありません。コレステロール吸収の強い人を判別できない現状では、目の前の患者さんに対して効くかもしれないし、効かないかもしれない薬のようです。


平成28年9月23日

肝臓によく効くインスリンは良くない

日本の話ではありませんが、インスリンの話題を2つ紹介します。

1つは吸入インスリンAfrezza アフレッザ」の販売中止です。アフレッザは米国マンカインド社が開発し、フランスのサノフィ社が販売しました。以前に「Exubera エクスベラ」吸入インスリン(ファイザー社)が販売中止になりましたが、アフレッザも同様の経過をたどりました。吸入インスリンの普及は難しいようですね。

2つ目はリリー社の「Peglispro ペグリスプロ」インスリンの開発中止です。「ペグリスプロ」は持効型インスリンで、これまでの持効型インスリンにない特徴を持っています。肝臓によく効き、筋肉や脂肪組織にはあまり効かないのです。肝臓に効くことで (1) 肝臓で糖新生を抑えて血糖を下げ、筋肉や脂肪組織で効きにくいために (2) 低血糖が少なく、体重が減りやすいことが期待されました。

生理的に膵臓から分泌されるインスリン(内因性インスリン)は、門脈を通って肝臓に到着します。肝に入ったインスリンは一部が肝で使われ、約半分の濃度になって末梢組織に流れていきます。ところが、外から皮下注射したインスリン(外因性インスリン)では、肝と末梢組織に到着するインスリン濃度は同じになります。ですから、これまでのインスリン製剤の働きは内因性インスリンに比べると、肝で弱く 、末梢組織で強くなっていました。

「ペグリスプロ」では皮下注射しても「肝>末梢組織」の効き方になります。それなら、「ペグリスプロ」の開発は理にかなっている気がします。実際の臨床でも(イマジン5研究)、「ペグリスプロ」の方が「ランタス」(最初に開発された持効型インスリン製剤)よりHbA1cが改善し(6.6% 対 7.1%)、低血糖が少なくなりました(夜間低血糖は60%減)。

では、「ペグリスプロ」の何が悪かったのでしょうか。実は脂肪の動きを忘れていたのです。末梢の脂肪組織でインスリンが十分に働かないと脂肪が分解し、遊離脂肪酸が増えます。増加した遊離脂肪酸は肝に運ばれ、肝内脂肪を増やし、インスリン抵抗性を引き起こします。肝障害が起こり、肝硬変から肝癌になる可能性もあります(NASHと呼ばれます)。さらに、遊離脂肪酸は動脈硬化や不整脈のリスクになる可能性もあります。実際、イマジン5研究では肝の脂肪含量が増加し、肝障害が起こり(肝酵素の上昇)、血清中性脂肪が増加し、HDLコレステロールが低下していました。

「ペグリスプロ」を開発していくなら、安全性をさらに厳しく確認していかなければなりません。開発中止は当然かもしれません。


平成28年5月30日

糖尿病の歴史15 (麻薬も糖尿病の薬)

糖尿病は不治の病で、いろいろな治療法が試されてきました。

古代エジプトでは血玉髄(酸化鉄の混じった細かい石英結晶)、赤小麦、キャロブでした。古代インドではギムネマが試されました。

ギムネマの薬効成分であるギムネマ酸は不思議な性質を持っています。ギムネマを摂ってから砂糖を舐めると、砂糖の甘さが感じられなくなります。血糖を下げる効果も幾分あるようです。ギムネマをお茶で飲む研究は日本で報告されました(米子医誌1987)。インドでは一般に粉末にしてスプーンですくって飲むそうです。


古代ローマのケルスス(1世紀)は「運動やマッサージ、収れん性の食品・酸っぱいワイン、浣腸」を勧めました。麻薬はアルキゲネス(2世紀)が試しています。麻薬は腎の刺激をなだめる作用(糖尿病は腎の病気と考えられていた)があるとされ、19世紀まで糖尿病治療に使われました。実は麻薬そのものに血糖を下げる力はありません。麻薬の作用で食欲が低下し、食べなくなることで血糖が改善していたことが明らかになっています。

イェティウス(550年頃ギリシア)は瀉血、催吐剤、麻薬を使っています。イスラムの天才、スィーナは薬草(フェヌグリーク、ルピン(豆類)、ワームシード)を紹介しています。西洋人で初めて尿を舐めたウィリスは「牛乳、米、石灰水、糊状のねっとりした食品、アンチモン、ドーバー粉末とテバイカチンキ(麻薬)」を使っています。モートンは牛乳ダイエット、血液が甘いと言ったドブソンは、「できる限り多く食べる(肉と力が尿に出てしまうのを補う)」としています。

どれも大きな効果は期待できないものでした。


平成27年6月16日