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人工甘味料について

食べたときの満足感は「油っこい」+「甘い」の和が関連するそうです。最近は日本料理の「旨み」も独立した味覚として認識されていますが、カロリーの高いものにおいしく感じられる食品が多いようです。

糖尿病では「甘いもの」を求められる方が多いように思います。上に述べたように「甘み」を求めるのはとても自然で本能的なことです。問題点は、おいしく満足できるので、つい食べ過ぎてしまうことです。そのため、砂糖に代えて人工甘味料をお勧めすることが多いのです。今回は人工甘味料のお話です。

(質問)人工甘味料はダイエットに良いでしょうか。

甘味料の安全性の質問でなく、「やせるのに役立つでしょうか」という質問です。不思議ですが、単純にイエスとならないのです。ダイエットソーダを多く飲む人にメタボリックシンドロームや肥満が多いという成績があります。ダイエットソーダを飲む本数と肥満の発症が直線的に増加する成績もあります。「人工甘味料は体重増加に結びつく」というタイトルの記事まであります(JAMA2008;299:2137)。

どうも人工甘味料を摂ると、代償的に食欲が増加して食べ過ぎが増えるようです。食べ過ぎてしまう理由として、8つの可能性が考えられています。その中で興味深いのが、「舌」と「頭」が異なる反応を示すことです。その成績をご紹介します。


遺伝子操作をして味覚をなくしたマウスは、水と砂糖水を区別できません。しかし6日間条件付けすると、この2つを区別できるようになります。味覚がないのに、条件付け後は砂糖水を選ぶのです。


頭の中に島前部という薬物渇望や依存と関連している部位があります。この島前部は、人工甘味料よりも砂糖で強く反応します(ヒトの成績)。また中脳ドーパミン報酬系と呼ばれる快楽中枢があります。この報酬系は砂糖で反応し、人工甘味料で反応しません(ヒトの成績)。


まだいろんな成績がありますが、簡単にまとめますと、

(1) 人工甘味料は舌で甘く感じます。
(2) 身体はカロリーが入ってくると期待しますが、実際は入ってきません。
(3) そのため、身体は騙された状態になっています。「甘み」に伴う報酬が得られず、「渇望」も実は満たされていません。
(4) そのため報酬を求めて食欲が亢進するというのです。


人工甘味料で育てると、間食後の自然な食欲低下が起こらなくなる成績(ネズミ)もあり、人工甘味料の食欲への影響は大きいようです。

どうも人工甘味料を過信してはいけないようです。甘みに対する欲求が強くなり過ぎてないか、食べ過ぎ状態になってないか、確認しながら上手に使うようにしましょう。


平成24年8月19日

アクトスと膀胱癌の統計について

アクトスが膀胱癌を増加させる」可能性が指摘されて1年が経過しました。フランスは自国の成績をもとにアクトス処方中止を決定し、EUに中止をせまりました。しかしEUや米国、日本では根拠が不十分なため、科学的な成績が出るまで待つことにしました。心配されている方が多いと思いますが、この決着はなかなかつきそうにありません。

最近、同じ集団を対象にした2つの研究で、正反対の成績が発表されました。 (1) 英国医学雑誌の論文は「アクトスは膀胱癌を増加させる可能性」、(2) 英国臨床薬理学雑誌の論文は「増加させない可能性」を報告しました。今回はこの2つの論文を紹介します。

どちらも英国のプライマリーケアのデータベース(GPRD)がもとになっています。観察年度は2つの論文で異なりますが、それだけの影響でしょうか。

2つの論文の大きな違いは統計方法です。論文の中核にある統計方法は、(1) の論文はコホート内症例対照研究、(2) の論文はプロペンシティスコアを用いた手法です。


(1)の論文では、「膀胱癌1人」に対して「20人の対照」を選んでいます。実際の人数は「膀胱癌集団」が376人、「対照集団」が6699人です。この2つの集団を対象にアクトス処方と膀胱癌発症の関連を検討しました。この方法では対照の選び方が重要で、ここに偏りが出ると間違った結果が導き出されます。

(2)の論文では、まず個々の患者でアクトス処方を選ぶ傾向(プロペンシティ)を計算します。この傾向スコアが同一点になるように、アクトス「処方症例」と「非処方症例」を選んでいます。実際の人数は「処方症例」が17,249人、「非処方症例」が17,249人です。この2つの集団を対象にアクトス処方と膀胱癌発症の関連を検討しました。この方法は偏りをなくす手順(ランダム化)を統計的に行い、症例対照研究より優れた方法です。傾向スコアの計算をどのような変数で行うかが鍵になります。


比べ方がまったく違いますね。本当は、ランダム化して前向き(未来にむけて)に調査する方法がベストなのです。しかし、ベストの方法は実行がなかなか困難で時間もかかります。そこで過去の調査を生かす方法を考えて研究がなされたわけです。正反対の結果ということは、過去調査の限界を示しているのかもしれません

まだ学会報告(米国糖尿病学会2012)のみで慎重な対応が必要ですが、アクトスと膀胱癌関連の発端となったPROactive研究のその後です。追跡観察期間を6年に延長すると、最初に疑われた関連が認められなくなりました。PROactive研究は前向きランダム化二重盲検プラセボ対照試験です。この発表の丁寧な査読、および現在進行中の10年間の調査に期待します。

この問題に対して早く科学的な結論が出ることを期待します。


平成24年6月28日

我が国の糖尿病食事療法の歴史(3)

食事療法の歴史の最後の区分は、食品交換表時代(1960年代〜)です。食品交換表の原型は1920年代にさかのぼるそうです。

von Lichtwitz:白パン単位
Lawrence:黒と赤の食品リスト(黒が10g炭水化物、赤が7.5g蛋白質、9g脂質)  など


似たような交換表は我が国でも作られていました。1932年発刊の小澤、岩鶴先生共著の「糖尿病と食餌計算」には含水炭素等量表が出ています。さらに100kcalの交換表も作られていました。

しかし我が国に大きな衝撃を与えたのは1950年に作られた米国糖尿病学会の食品交換表であったようです。この表では食品を6表に分類していますが、我が国の交換表とは異なり、各表の1単位あたりのカロリーは異なっています。

この影響を受けて1960年頃から日本各地で食品交換表の原型のようなものが試み出されました。済生会中央病院堀内先生、東北大後藤先生は米国方式、岡山大山吹先生は独自の方法だったそうです。そして統一した食品交換表を作ろうとする機運が高まり、1963年に作成委員会が開かれました。


食品交換表作成委員会(第1回:1963年9月9日)
4群6表+付録の分類(主にどの栄養素を供給するかで食品を分類)
1単位80kcal、基礎食(1200kcal)の設定
食品交換表初版発刊(1965年9月10日、200円)


発表当時は、日本人の平均食事より蛋白質・脂肪が多く贅沢食と言われたそうです。1800kcalの食餌で、蛋白83g、脂質53gを含んでいました。当時の健常者は平均2184kcal 摂取していましたが、蛋白71g、脂質36gに過ぎませんでした。今の交換表と違って「基礎食+付加食」の考え方が使われていました。しかし特に指示をしなくても、当時は炭水化物を多く含む食品が付加食に選ばれていました

食品交換表は1993年に大改訂されました。カラーの大判になり、手にとって美しくなりました。この版で「基礎食+付加食」の考え方がなくなりました。それは付加食に脂肪を多く含む食品を選ぶ人が増えてきたためです。目安となる単位配分例が示され、「バランスのとれた食事」に近づける工夫がされました。し好食品の項目が新設され、「原則として好ましくない食品」と位置づけが明確になりました。

食品交換表を用いる方法は健康食としての評価も高く、現在に至っています。来年には新たな改訂が予定されています。


平成24年6月8日

我が国の糖尿病食事療法の歴史(2)

炭水化物制限緩和・混乱時期(1920〜1950年代)についてです。

”混乱時期” とタイトルをつけると当時の先生方に失礼ですが、炭水化物量の指示量が施設により異なり全国的に定まった基準がなかったという意味で名づけさせて頂きました。この時代は、糖尿病治療にインスリンが利用できるようになった時代とほぼ合致します

糖尿病学会では「坂口賞」というものがありますが、その坂口先生の教室で、「非糖尿病者で糖質を厳重に制限すると、糖質代謝機能が著しく低下する」、「これに糖質を追加摂取させると、この代謝障害が回復する」ことが影浦先生によって発見されました。1920年(インスリン発見の前年)のことです。

坂口門下ではその後も研究が続き、「軽症糖尿病でも蛋白脂肪食または野菜鶏卵食では糖質代謝を障害する」、「この不利作用を中和する糖質の量は、「蛋白脂肪食」では毎食100ー150gの米飯、「野菜鶏卵食」では50-100gの米飯である」と報告されました。「野菜鶏卵食」は、炭水化物厳重制限食でも少し少し緩めの制限食です。毎食に米飯をつけるという考えは、後の食品交換表の基礎食の考えの基になりました。

欧米では1902年に燕麦を与えると耐糖能が向上すると提唱した人(von Noorden)がいます。彼は、厳重食の中に”燕麦の日”を設けました。しかし、この耐糖能向上作用は燕麦のもつ特殊作用と理解されていました。炭水化物摂取量の研究が進むのはずっと後になってからです。1926年にPorgesらは「豊富な脂肪が肝グリコーゲンを減少させ、糖質同化作用を直接減少させる、炭水化物の制限が膵島(インスリンを作る組織)を鈍くさせる」と考えました。英米学派のSansumも炭水化物豊富食を提唱し、Nixonは「脂肪を制限すると耐糖能が向上し、膵島機能の再生に好影響を与える」としました。このような研究を通じて、世界的にも炭水化物の制限が緩和されてきました。

我が国の歴史に戻ります。
炭水化物の摂取量は緩和されましたが、施設により緩和量が大きく異なっていました。

東京大学 坂口式食餌療法:毎食100-150gの米飯
東北大 山川式食餌療法:標準食(炭水化物300-350g、蛋白質80-100g、脂肪30-40g)          
京都府立医大 飯塚式食餌療法:炭水化物100-150g/日
大阪大学 小澤式食餌療法:炭水化物50-100g/日


坂口先生は、先ほどの研究から毎食100-150gの米飯としました。坂口先生の数年先輩でライバルの山川先生は、炭水化物をもっと多く設定しました。当時は炭水化物に重きが置かれ、総カロリー量はあまり重要視されていなかったようです。山川式食餌療法の総カロリーは、1820-2200kcalになります。当時の日本人は身長150cm、体重50kg(平均)ですので、指示カロリー量は多めです。一方、関西では炭水化物の量は少なめに指導されていました。そのため「東北ではドンブリ飯、大阪では湯飲み茶碗」と言われたそうです。

炭水化物の指示量を具体的に決める方法として、

(1) 尿糖が出るまで炭水化物を増やしていく(トレランツ)、
(2) 食餌で摂取した炭水化物と尿糖の差(収支差)を重視する(ビランツ)


の方法がありました。ビランツは「尿糖が出ても身体にとどまる炭水化物が多ければ良いじゃないか」という考えです。影浦先生はビランツを重視し、小澤先生は「尿糖を多くしてまで食べる必要はない」という立場でした。

なお、炭水化物の量が少ないときはケトーシス(ケトン体過剰状態)に注意する必要があります。小澤先生の食餌療法では「ケトン体の材料にならない成分」と「材料になる成分」の比が2未満にならないように注意していました。


平成24年5月22日