院長ログ

我が国の糖尿病食事療法の歴史(3)

食事療法の歴史の最後の区分は、食品交換表時代(1960年代〜)です。食品交換表の原型は1920年代にさかのぼるそうです。

von Lichtwitz:白パン単位
Lawrence:黒と赤の食品リスト(黒が10g炭水化物、赤が7.5g蛋白質、9g脂質)  など


似たような交換表は我が国でも作られていました。1932年発刊の小澤、岩鶴先生共著の「糖尿病と食餌計算」には含水炭素等量表が出ています。さらに100kcalの交換表も作られていました。

しかし我が国に大きな衝撃を与えたのは1950年に作られた米国糖尿病学会の食品交換表であったようです。この表では食品を6表に分類していますが、我が国の交換表とは異なり、各表の1単位あたりのカロリーは異なっています。

この影響を受けて1960年頃から日本各地で食品交換表の原型のようなものが試み出されました。済生会中央病院堀内先生、東北大後藤先生は米国方式、岡山大山吹先生は独自の方法だったそうです。そして統一した食品交換表を作ろうとする機運が高まり、1963年に作成委員会が開かれました。


食品交換表作成委員会(第1回:1963年9月9日)
4群6表+付録の分類(主にどの栄養素を供給するかで食品を分類)
1単位80kcal、基礎食(1200kcal)の設定
食品交換表初版発刊(1965年9月10日、200円)


発表当時は、日本人の平均食事より蛋白質・脂肪が多く贅沢食と言われたそうです。1800kcalの食餌で、蛋白83g、脂質53gを含んでいました。当時の健常者は平均2184kcal 摂取していましたが、蛋白71g、脂質36gに過ぎませんでした。今の交換表と違って「基礎食+付加食」の考え方が使われていました。しかし特に指示をしなくても、当時は炭水化物を多く含む食品が付加食に選ばれていました

食品交換表は1993年に大改訂されました。カラーの大判になり、手にとって美しくなりました。この版で「基礎食+付加食」の考え方がなくなりました。それは付加食に脂肪を多く含む食品を選ぶ人が増えてきたためです。目安となる単位配分例が示され、「バランスのとれた食事」に近づける工夫がされました。し好食品の項目が新設され、「原則として好ましくない食品」と位置づけが明確になりました。

食品交換表を用いる方法は健康食としての評価も高く、現在に至っています。来年には新たな改訂が予定されています。


平成24年6月8日
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