院長ブログ一覧

「収縮する力が保たれた心不全」はメタボ心臓?

心不全は心臓の働きが悪くなり、むくみや息切れをおこしてくる病気です。

心不全は心臓の「収縮する力が弱くなった」病気と考えられてきました。しかし「収縮する力が保たれている心不全」もあり、これが心不全患者の半数を超えることが分かってきました。心臓の「拡がる力」が弱くなった心不全です。

心臓の収縮力は左室駆出率(EF)で示されます。英語で心不全はheart failure(HF)です。左室駆出率(EF)が低下(r: reduced)した心不全をHFrEF(ヘフレフ)、保たれている(p: preserved)心不全をHFpEF(ヘフペフ)と略します。

左室駆出率(EF)40%未満がHFrEFで、50%以上がHFpEFです。中間の40-50%はHFmrEF:収縮機能が軽度低下した心不全です。

HFrEFとHFpEFの臨床症状(息切れ・呼吸困難、浮腫など)は似ています。しかし薬の効果が異なり、HFrEFに効く薬(ACE阻害剤/ARB、β遮断剤など)がHFpEFに効きません。そのためHFpEFの治療は利尿薬や血管拡張薬などに限られていました。

前置きが長くなりました。
最近、セマグルチド(オゼンピック:GLP1受容体作動薬)が肥満患者のHFpEFを改善することが報告されました(NEJM2023)。

この論文で使われているセマグルチドの量(2.4mg週1回注射)は、日本で認可されている量より多いので注意して下さい。

この研究に参加した人はBMI30以上でHFpEFを有する529人です。体重はセマグルチド群で13.3%減少し、偽薬群は2.6%の減少にとどまりました。KCCQ-CSS(心不全症状アンケート)はセマグルチド群で改善度が高く(セマグルチド群16.6点、偽薬群7.8点)、6分間歩行距離もセマグルチド群で長くなりました(同21.5m、1.2m)。これらの結果は、HFpEFがセマグルチド投与で改善したことを示します。

心筋にはセマグルチドが作用するGLP1受容体がありません。セマグルチドが心筋に直接作用することはなく、体重減少や種々の代謝系変化を介してHFpEFを改善させたと考えられます。HFpEFを広義のメタボリックシンドロームと考えて良さそうです。

我が国では高齢者が増えてきていて、高齢心不全患者が大幅に増加すること(心不全パンデミック)が予想されています。HFpEFの病態解明が進み、治療法が確立することを期待します。


令和5年11月29日

SGLT2阻害薬は癌にも効く?

SGLT2阻害剤はブドウ糖共役輸送担体2(SGLT2)の働きを阻害する薬です。SGLT2は腎臓の近位尿細管に多く、SGLT2が阻害されるとブドウ糖の再吸収が抑えられます。その結果、尿糖が増え、最終的に血糖が下がります。

SGLT2阻害剤にはカナグル、フォシーガ、ジャディアンス、ルセフィ、スーグラ、デベルザ、アプルウェイなどがあります。

今回はSGLT2阻害剤の抗癌作用について紹介します(Biomedicines 2023)。

SGLT2は種々の癌細胞にも発現していることが分かってきました。世界で初めて癌細胞にSGLT2が発現していることを発見したのは広島大学の石川先生です(Jpn J Cancer Res 2001)。

肺癌原発巣と転移巣でSGLT1はそう変わらなかったのですが、転移巣でSGLT2が多く発現していたのです。その後多くの癌細胞でSGLT2が発現していることが分かってきました。

癌細胞はエネルギー供給の多くを解糖系(ブドウ糖代謝系)に依存していますSGLT2が発現している癌細胞にSGLT2阻害剤を使うとブドウ糖取り込みが阻害され、エネルギー供給が制限されます

さらには癌細胞の増殖に必要な他の代謝信号系(PI3K/AMPK系など)もSGLT2阻害剤が抑制することが分かってきました。

SGLT2阻害剤の抗癌作用について研究が進行中です。基礎研究では、膵癌、前立腺癌、乳癌、非小細胞性肺癌、甲状腺癌、肝細胞癌、骨肉腫などで検討されています。

臨床面では、他の癌治療法と組み合わせることで治療成績を向上させることが期待されています。現在10本の治験が行われているそうです。

SGLT2阻害剤が抗癌作用を発揮するには、目的とする癌細胞にSGLT2が発現しているかどうかが重要かもしれません。一般的なFDG-PET検査でなく、SGLTに特異的なME4FDGを用いたPET検査が有用かもしれません。

SGLT2阻害剤の効果は一部の癌に限られるかもしれませんが、副作用が少ない薬ですので、治療効果がはっきり分かると良いですね。


令和5年11月14日

週1回のインスリン注射

週1回注射のアイコデクインスリン(insulin icodec)の第3相治験の成績(NEJM 2023)を紹介します。

この治験ではアイコデクインスリン(週1回注射)とグラルギンインスリン(毎日注射)を比べています。インスリン治療が初めての人が対象で、両群とも492人が参加しています。インスリン以外の糖尿病薬は、インスリン分泌を促進しない薬(SGLT2阻害剤やGLP1受容体作動薬を含む)の併用を認めています。

52週治療を続けて、アイコデクインスリン群はHbA1cが8.50%から6.93%に減少し、グラルギンインスリン群は8.44%から7.12%に減少しました。

血糖が70-180mg/dlと良好な範囲にある時間はアイコデクインスリン群の方がグラルギンインスリン群より長く(それぞれ71.9%と66.9%)、アイコデクインスリンはグラルギンインスリンより良好な結果でした。

1週間あたりのインスリン量はアイコデクインスリン群で214単位、グラルギンインスリン群で222単位でした。

長時間作用型のインスリンでは低血糖が気になります。血糖が54mg/dl未満と低くなる時間は2群間で差がありませんでした。

「臨床的な低血糖」は83週時点でアイコデクインスリン群で226件/61人、グラルギン群で114件/66人でした。重症低血糖はそれぞれ1件と7件でした。

「臨床的低血糖+重症低血糖」は83週時点でアイコデクインスリン群で0.30回/人・年、グラルギンインスリン群で0.16回/人・年でした。

アイコデクインスリンの方が低血糖が多いように見えますが、(1) アイコデクインスリン群の方がHbA1cが低かったこと、(2) 重症低血糖はグラルギンインスリン群に多かったこと、(3) アイコデクインスリン群(492人)の中でわずか3人が226件中105件の低血糖を起こしていること、(4) 低血糖頻度は1回/人・年未満で多くないこと、などから、アイコデクインスリンの方が低血糖を来しやすいと言えないようです。

アイコデクインスリンは前途有望のインスリン製剤のように思います。


令和5年10月4日

普通の飲み方ができるGLP-1受容体作動薬の開発

GLP-1受容体作動薬(ビクトーザ、バイエッタ、リキスミア、オゼンピックなど)は心血管系疾患を減らし、腎障害進行を遅らせるなどの効果があり、評価が高い糖尿病薬です。減量効果が強い薬もあって抗肥満薬としても期待されています。

GLP-1受容体作動薬は基本的に注射薬です。消化管から吸収されるよう工夫した飲み薬(リベルサス:セマグルチド)がありますが、起床時に服用し、30分は身体を起こしたままでいて、他に飲食をしないなど、特別な飲み方が必要です。

こういったことから、普通の飲み方ができるGLP-1受容体作動薬が望まれています。

オルフォグリプロンはリリー社が開発中の部分的GLP-1受容体作動薬で、飲み薬です。アミノ酸が連なったペプチド構造をもたないため、特別な飲み方を必要としません

オルフォグリプロンの第2相試験の結果が発表されました。肥満患者を対象にした論文(NEJM 2023)と糖尿病患者を対象にした論文(Lancet 2023)の2つがあります。

肥満患者の論文(NEJM)を紹介します。参加者は272人、平均体重は108.7kg、BMIは37.9、観察期間は36週です。26週と36週で体重の変化率を検討しました。オルフォグリプロンは12、24、36、45mgを1日1回投与しています。

体重変動ですが、26週時点でオルフォグリプロン群は -8.6〜-12.6%と大きく減量しました。偽薬は-2.0%でした。36週時点では、オルフォグリプロン群 -9.4〜-14.7%、偽薬 -2.3%でした。

少なくとも10%の体重減少があったのはオルフォグリプロン群で46〜75%、偽薬群で9%でした。抗肥満薬として期待されます。

糖尿病患者を対象にした治験(Lancet)では血糖コントロールも改善しています。26週経過した時点のHbA1cは、オルフォグリプロン群で 2.10%減少、偽薬群で0.43%減少でした。その差はΔ1.67%で、なかなか強力な血糖改善剤として期待されます。

ぜひ薬になってほしいですね。


令和5年7月19日