院長ブログ一覧

アバンディアについて

アバンディア(ロシグリタゾン)という薬があります。グラクソスミスクライン製薬会社(GSK)が作った薬で、欧米で発売されています。 アクトス(ピオグリタゾン)と同じチアゾリジン系で、インスリン抵抗性を改善させる薬です。心血管系イベントが増えるという理由で、ほとんど使われなくなっていますが、この6月に米国FDA(食品医薬品局)で再評価が予定されています。

日本で発売されていない薬なので、取り上げなくて良いかもしれませんが、アバンディアが使われなくなった経過をみると、考えさせられるところがあり、経過を紹介します。


2006年、GSKがFDAに心血管系イベント副作用の可能性を報告しました。このときは42論文のメタ分析が行われています。同じ年にADOPT研究とDREAM研究が発表されました。この2論文では心血管系イベントについては否定的でした。FDAはもっと結果が集積してくるのを待ちたいと、副作用の可能性について公表しませんでした。

2007年、NissenがGSKの発表しているオンラインデータに基づいて独自にメタ分析を行い、心血管系イベントが増加すると発表しました(NEJM)。この報告によって「GSKやFDAが真実を隠していた」とメディアが燃え上がりました。同じ年にDiamondがNissenのメタ分析に難があると発表しました(Annals Intern Med)。異なった方法でメタ分析すると、心血管系イベントは増えも減りもしない結果でした。しかしGSKやFDAが副作用隠しで叩かれている最中であり、この論文は省みられませんでした。

2010年RECORD研究が発表されました。RECORD研究はアバンディアの心血管系イベント副作用に焦点を当てた研究です。しかし第3者評価でないことから信頼できない研究と言われ、「アクトスが認可されているからアバンディアは使えなくなっても良い」と判断されました。

2012年、デューク臨床研究所が第3者評価としてRECORD研究の再分析を行い、「アバンディアは心血管系イベントを増やさない」ことを報告しました。RECORD研究は、4447人の2型糖尿病患者が対象で、平均5.8年経過観察しています。結論は、「アバンディア+メトホルミン」あるいは「アバンディア+スルホニル尿素剤」は、「メトホルミン+スルホニル尿素剤」と比べて全死亡を増やさない(それぞれ6.3%と7.2%)。心血管死、心筋梗塞、脳梗塞を増やさない(8.2%と8.4%) でした。


今回の諮問委員会は、RECORD研究の再分析結果を受けて開かれます。GSKの要請でなく、FDA自らが開きますGSKはこの問題から引いているようです。GSKはアバンディアの件で、2012年に30億ドルもの罰金を払っています。これ以上、この問題に関係したくないのでしょう。一方、Nissenはスキャンダルの責任逃れのための諮問委員会と反発しています。

副作用の判定は微妙で、なかなか困難です。アバンディアは復活するでしょうか?


平成25年6月1日
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「追記」
諮問委員会に出席した委員は26人です。アバンディアの処方は、現在とても強い制限がかかっていますが、この制限に対する投票の内訳をみますと、7人が制限の完全撤廃に賛成。13人が制限を緩めることに賛成。5人が今の制限を続けることに賛成。1人が発売中止の意見でした。

平成25年6月10日
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「追記」
FDAはアバンディアに対する制限を解くことを決定しました。GSKはこの決定を歓迎する声明を発表しました。

平成25年11月26日

代謝とがん発生

糖尿病薬のメトホルミンはがんを抑える作用が期待され、治療試験が開始されています。今回は「メトホルミンが作用する場所」と「がん抑制遺伝子が働く場所」が共通している可能性について紹介します。

Li-Fraumeni症候群という病気があります。世界で400家系しかいないそうですから、非常にまれな病気です。親から子に伝わる遺伝子(TP53)に突然変異があり、がんが多発します。TP53というのは、p53を作る遺伝子です。p53は細胞周期や遺伝子(DNA)修復などを調節してがんを抑える働きがあります(がん抑制因子)。
  
このLi-Fraumeni症候群で、骨格筋のミトコンドリア呼吸代謝(酸化的代謝)が強くなっていることが示されました(NEJM 2013)。呼吸代謝は、酸素を使って多量のエネルギーを生み出す代謝です。p53は代謝系にも働いています

メトホルミンは、ミトコンドリア呼吸代謝を抑えることで効果を発揮します。「メトホルミンの作用」と「p53の働き」はつながっているように見えます。がん発生は遺伝子の変化だけが強調されてきましたが、代謝的な側面も重要です。今後その関連が明らかにされ、新しい治療に結びつくことを期待します。


平成25年5月9日

SGLT2阻害剤について

今回は糖尿病の新しい薬、SGLT2阻害剤(開発中)を紹介します。SGLT2阻害剤は尿糖を増やすことによって、血糖を下げる薬です。体重も下がります。

腎臓が糸球体で血液をろ過する時、血液中のブドウ糖(グルコース)はいったん尿(原尿)に出ます。このブドウ糖は尿細管で再吸収され、最終尿にはブドウ糖が出ない仕組みになっています。このブドウ糖再吸収に関わっているのが、Na-グルコース共輸送体2:SGLT2です。SGLT2阻害剤はこのSGLT2を抑える薬です。

SGLT2に生まれつき異常がある人がいますが、尿糖以外に大きな問題がありません。ですから、SGLT2を抑えても大きな副作用は出ないだろうと予想されています。

SGLT2阻害剤はもうすぐ使えそうです。ヨーロッパでは、昨年11月にダパグリフロジンが承認されました。米国では今年の4月にカナグリフロジンが承認されました(ダパグリフロジンは米国では不承認:発がん性の検討が不十分との理由)。我が国ではイプラグリフロジンが3月に申請されています。

開発には日本の会社が結構頑張っていて、カナグリフロジンは田辺三菱製薬、イプラグリフロジンはアステラス/寿製薬が創薬しています(ダパグリフロジンは、ブリストル・マイヤーズスクイブ/アストラゼネカ)。SGLT2阻害剤の主な副作用は尿糖増加による感染症(膣炎、膀胱炎)、尿量増加に伴う脱水症状です。


平成25年4月11日

追記:
SGLT2阻害薬は、田辺三菱製薬の人たち(荒川さん他)が基礎的研究を行いました(平成26年度日本薬学会創薬科学賞を受賞)。そこに大阪大学の金井先生がSGLT2遺伝子のクローニングを発表し、一気に製薬競争が始まりました。

メトホルミンの抗癌作用

山中博士がノーベル賞を受賞して、iPS細胞が有名になりました。iPS細胞(induced pluripotent stem cells)は人工多能性幹細胞です。幹細胞は分裂して自分と同じ細胞を作り出し、いろんな臓器に分化する能力をもつ細胞です。胚細胞でなく、体細胞を使って幹細胞を作ったところが山中先生の業績です。

癌にも幹細胞があります。癌幹細胞は、癌の浸潤(周辺への広がり)や転移に大きな役割を演じています。分化した癌細胞だけを除いても(治療によって癌が小さくなっても)、わずかの癌幹細胞が残れば癌が再発します。転移する能力も癌幹細胞の性質です。

転移は「上皮細胞が間葉細胞の性質を持つようになり、元の居場所から離れ、血流・リンパ流に乗って遠くに移動し、そこで再び上皮細胞の性質を持つようになって居つき、分裂して腫瘤を形成する」ことで起こります。性質が変化した細胞を生み出し、少数細胞から大きな腫瘤を作る能力を持つのが癌幹細胞です。本当に癌を治すには悪質な癌幹細胞を除くことが大切です。

メトホルミンという糖尿病の薬があります。1950年代から使われている古い薬ですが、最近注目を浴びています。それはメトホルミンを服用している人に癌が少ないことが明らかになったからです。1gの服用ごとに癌死亡が42%減少するとまとめた報告まであります。これまで治療法のなかった癌幹細胞に作用することもわかってきました(癌幹細胞には通常の癌細胞より低濃度でメトホルミンが作用します)。
 
メトホルミンは酸化的リン酸化を抑えてATP/AMPバランスを崩し、LKB1-AMPKを活性化させます。酸化的リン酸化は細胞がミトコンドリアでエネルギーを得るときの代謝経路です。ATPAMPは細胞内にあるエネルギーを貯める分子です。LKB1は癌抑制蛋白質、AMPKはAMPで活性化されるリン酸化酵素です。

少し難しい話になってきましたが、このLKB1-AMPKの活性化が癌細胞抑制の出発点です。このあとの経路では、mTOR経路の抑制が最も研究されています(mTORというのはラパマイシンが作用する標的ということで名づけられた蛋白質キナーゼです: mammalian Target of Rapamycin: 哺乳類のラパマイシン標的)。ラパマイシンはシロリムスとも呼ばれる免疫抑制剤で、平滑筋増殖抑制作用があり、薬剤溶出性血管内ステントに使われています。癌や糖尿病でmTORの制御異常が報告されています。AMPK以外の経路も提案されています。
 
メトホルミンは一般的な抗癌剤に比べると副作用が少なく、ずっと安全です。これまで糖尿病の人の成績しかありませんでしたが、糖尿病でない人に試されつつあります。メトホルミンは非治癒癌の治療を大きく変える可能性があり、今年中に抗癌治療としての方向性が明らかになることが期待されます。

 
平成25年1月31日