院長ブログ一覧

代謝とがん発生

糖尿病薬のメトホルミンはがんを抑える作用が期待され、治療試験が開始されています。今回は「メトホルミンが作用する場所」と「がん抑制遺伝子が働く場所」が共通している可能性について紹介します。

Li-Fraumeni症候群という病気があります。世界で400家系しかいないそうですから、非常にまれな病気です。親から子に伝わる遺伝子(TP53)に突然変異があり、がんが多発します。TP53というのは、p53を作る遺伝子です。p53は細胞周期や遺伝子(DNA)修復などを調節してがんを抑える働きがあります(がん抑制因子)。
  
このLi-Fraumeni症候群で、骨格筋のミトコンドリア呼吸代謝(酸化的代謝)が強くなっていることが示されました(NEJM 2013)。呼吸代謝は、酸素を使って多量のエネルギーを生み出す代謝です。p53は代謝系にも働いています

メトホルミンは、ミトコンドリア呼吸代謝を抑えることで効果を発揮します。「メトホルミンの作用」と「p53の働き」はつながっているように見えます。がん発生は遺伝子の変化だけが強調されてきましたが、代謝的な側面も重要です。今後その関連が明らかにされ、新しい治療に結びつくことを期待します。


平成25年5月9日

SGLT2阻害剤について

今回は糖尿病の新しい薬、SGLT2阻害剤(開発中)を紹介します。SGLT2阻害剤は尿糖を増やすことによって、血糖を下げる薬です。体重も下がります。

腎臓が糸球体で血液をろ過する時、血液中のブドウ糖(グルコース)はいったん尿(原尿)に出ます。このブドウ糖は尿細管で再吸収され、最終尿にはブドウ糖が出ない仕組みになっています。このブドウ糖再吸収に関わっているのが、Na-グルコース共輸送体2:SGLT2です。SGLT2阻害剤はこのSGLT2を抑える薬です。

SGLT2に生まれつき異常がある人がいますが、尿糖以外に大きな問題がありません。ですから、SGLT2を抑えても大きな副作用は出ないだろうと予想されています。

SGLT2阻害剤はもうすぐ使えそうです。ヨーロッパでは、昨年11月にダパグリフロジンが承認されました。米国では今年の4月にカナグリフロジンが承認されました(ダパグリフロジンは米国では不承認:発がん性の検討が不十分との理由)。我が国ではイプラグリフロジンが3月に申請されています。

開発には日本の会社が結構頑張っていて、カナグリフロジンは田辺三菱製薬、イプラグリフロジンはアステラス/寿製薬が創薬しています(ダパグリフロジンは、ブリストル・マイヤーズスクイブ/アストラゼネカ)。SGLT2阻害剤の主な副作用は尿糖増加による感染症(膣炎、膀胱炎)、尿量増加に伴う脱水症状です。


平成25年4月11日

追記:
SGLT2阻害薬は、田辺三菱製薬の人たち(荒川さん他)が基礎的研究を行いました(平成26年度日本薬学会創薬科学賞を受賞)。そこに大阪大学の金井先生がSGLT2遺伝子のクローニングを発表し、一気に製薬競争が始まりました。

地中海食と心血管疾患:PREDIMED研究

どうして地中海食が糖尿病に良いのでしょうか。このことを検討した論文(Eur J Nutr 2004)では、地中海食はおおむね納得できる健康食としています。ただ精白した穀類の摂取が他のヨーロッパ諸国に比べて多いことを不思議に思っています。南イタリアで最も多く食べられているのは、グリセミックインデックス(GI)の高い白パンです。GIは、炭水化物が血糖を上昇させる強さの指標です。精白した穀類はGIが高いので、これをGIの低い炭水化物に変えるともっと良いのかもしれません。

最後にPREDIMED研究(NEJM2013)をご紹介します。前回にご紹介したPREDIMED-Reusは1施設だけでしたが、これはスペイン内多施設です。主要エンドポイントは心血管イベント(心筋梗塞、脳卒中、心血管死)です。リヨン研究と違って一次予防です。まだ起こしていない疾患の予防が一次予防、再発予防が二次予防です。


対象は55-80歳、7447人(女性57%)と多人数です。前回同様、低脂肪食、地中海食オリーブ油群、地中海食ナッツ群の3群の比較です。4.8年観察した時点で、心血管イベントは低脂肪食群に比べて地中海食オリーブ油群で0.70(0.54-0.92)、地中海食ナッツ群で0.72(0.54-0.96)に減少していました。

実際に摂っていたオリーブ油の量は50g(=55ml)/日、1週間に1Lのオリーブ油は彼らにとっても無理だったようです。


この研究の残念なことは、低脂肪食が本当の低脂肪食でないことです。脂肪の摂取量が全エネルギーの39%(開始時)〜37%(終了時)と高いのです。また、低脂肪食では脂肪の多い魚を摂らないよう勧めています。魚油には動脈硬化を予防する効果がありますので、これも問題かもしれません。低脂肪食との比較は、実際は典型的西洋食との比較でしょうか?日本人にとっては日本食と地中海食の比較が欲しいところです。


平成25年3月27日

地中海食と糖尿病

地中海食では、2型糖尿病が少なくなります。初めは限定した食物リストを用いた成績が報告され、次に全食物調査を行った前向きコホート研究が発表されています。後者はスペインで行われたもので、13,380人が参加して4.4年追跡しています(BMJ 2008: SUN Project)。

2型糖尿病累積発症リスク(多変量で補正)は、地中海食の低スコア(0-2)の人を「1」とすると地中海食の高スコア(7-9)の人は0.17(0.04-0.72) でした。この地中海食スコアは前回お示しした地中海食の特徴9項目の合計点数です。地中海食的な食事を摂っている人は糖尿病の発症が1/6に減るという成績です。


最近、介入研究が発表されました(Diabetes Care 2011、PREDIMED-Reus研究)。大掛かりなPREDIMED研究の中で、ブドウ糖負荷試験を行っていた1施設の結果です。55-80歳の418人が参加しています。


低脂肪食群、地中海食オリーブ油群、地中海食ナッツ群の3つの比較です。地中海食オリーブ油群はオリーブ油(エクストラバージン)を1週間で1L、地中海食ナッツ群はナッツ類を1日30g摂るように指導しています。

積極的なカロリー制限、減量指示はありません。地中海食群では、さらに地中海食スコアをあげるために、(1) オリーブ油の豊富な摂取、(2) 果物、野菜、豆類、魚の積極的摂取、(3) 肉類を減らす、(4) トマト、にんにく、タマネギ、スパイスとオリーブ油を混ぜたソースを使う、(5) バター、クリーム、ファーストフード、スィーツ、菓子パン、砂糖入り飲み物を避ける、(6) 飲酒者は適量の赤ワインにする ことを指導しています。


結果ですが、糖尿病の発症は低脂肪食群に比べて (1) 地中海食オリーブ油群で51%、(2) 地中海食ナッツ群で52%、(3) 両地中海食合わせると52%の減少が認められました。なお5%以上の体重減少を認めた人は3群間で差はありませんでした。


この論文のオリーブ油の量は大変に多く、日本人はついていけないように思いますが、積極的に地中海食を摂ることは糖尿病の予防になるようです。


平成25年3月18日