院長ブログ一覧

運動は速足程度の散歩で良い

糖尿病の運動は中等度の運動を勧めます。

前糖尿病の人を対象に運動効果を検討した成績が発表されました(Diabetologia 2016)。それによると、激しい運動より速足程度の運動が良いようです。

ブドウ糖負荷後の血糖面積で判断しますと、一番成績が良かったのは、 (1) 中等度の運動+食事療法 でした。その効果を100%としますと、(2) 中等度の運動のみ は78.9%の効果(3) 強度の運動のみ は14.0%の効果でした。 (4) 中等度の運動で運動量を2/3 に減らすと、効果は52.6%に減りました。

中等度の運動というのは(50%VOmax)の強さで、運動量は67kJ/kg/週(週に22.3km散歩に相当)です。(3) の強度の運動は(75%VOmax)の強さで、運動量は同じにしています。

運動の強さはこのように VOmax(最大酸素摂取量)との比で表すのが正確なのですが、あまりピンとこないですね。運動しているときの感じでは、中等度の運動 50%VOmaxは「楽」、強度の運動 75%VOmaxは「きつい」に相当します。

まとめますと、心肺トレーニングには強い運動が優れていますが、糖代謝の改善を求めるには楽な運動で良いようです。中等度の運動単独で8割の効果が期待できます。さあ身体を動かしてみませんか。


(注: 空腹時血糖でみますと、食事療法がない場合は(上記の(1)以外)改善がありませんでした。食事療法も併せてして頂くとうれしいです)

平成28年8月29日

鶏卵を良く食べている人は糖尿病発症が多い(米国だけ)

これまで「糖尿病の方は鶏卵を少し控えるのが良い」とお話ししてきました。覚えてられますでしょうか。今回の話題は、「鶏卵摂取」と「糖尿病発症」の関連です。

今年になって3編ほど立て続けに論文が出ました(Diabetologia、Am J Clin Nutr、Br J Nutr)。3編とも同じ結論ですが、「鶏卵摂取」と「糖尿病発症」の関連は地域差があり、米国においてだけ関連があるようなのです。

Diabetologia論文は、(1) スエーデン人の集団 と (2) これまでの発表論文のメタ分析です。(1) のスエーデン人集団では、45-79歳の男性39,610人を1998年から2012年まで観察しました。その間に4,173人が2型糖尿病を発症しましたが、鶏卵摂取との間に関連を認めませんでした。

Diabetologia論文 (2) のメタ分析では、12集団の前向き研究をメタ解析しています。合計287,693人を観察し、16.264人の糖尿病発症をみています。米国人対象の5研究で「鶏卵摂取が週3個増えるたびに糖尿病が1.18倍増え」、米国以外の7研究では0.97と増えませんでした。

Am J Clin Nutr論文はメタ分析の報告です。合計12集団、219,979人を観察し、8,911人の糖尿病が発症しています。「最も鶏卵摂取が多い群」と「最も少ない群」を比較しますと、「米国では鶏卵摂取が多い群で糖尿病発症が1.39倍増え」、米国以外では0.89と増えませんでした。米国人対象の研究をさらに解析しますと、週3個未満の鶏卵摂取で糖尿病が増えず、3個以上摂取すると増えていました。

Br J Nutr論文もメタ分析の報告です。この論文では416論文からデータを抽出しています。合計251,213人を観察し、12,156人に糖尿病が発症しています。分析結果は、1日あたり1個鶏卵摂取が増えると「米国では糖尿病発症が1.47倍に増え」、米国以外では0.94と増えませんでした。

なぜ 米国だけ成績が異なるのか理由は不明です。卵の摂り方の食文化が異なるのかもしれません。日本人のデータが気になりますが、鶏卵摂取と糖尿病発症に関連はありませんでした(Br J Nutr 2014)。

注:メタ分析(メタ解析)は、複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析する統計方法です。


平成28年6月9日

糖尿病の歴史37 インスリンの発見

ゲオルグ ツュルツァー、アーネスト スコット、ニコラス パウレスコなどインスリン発見の手前まで来た人たちがいましたが、最終的にトロントのフレデリック バンティングチャールズ ベストたちがインスリンを発見します(1921年)。インスリンは糖尿病性昏睡状態のトンプソン君に使われて劇的な効果を発揮します(1922年) 。

このあたりの話も実はややこしくて、バンティングとベストが抽出したインスリン製剤はトンプソン君にほとんど効果がありませんでした。長期休暇(サバティカル)でたまたま研究室を訪れていたジェイムズ コリップが精製した製剤が成功したのです。このとき研究室を主宰していたジョン ジェームズ リチャード マクラウドとバンティングの間に争いが起こっていました。

インスリン抽出に成功したトロントグループですが、インスリン精製はできたりできなかったりで、危うい難しいものでした。ここを手助けして製品化したのがイーライ リリー社です。

インスリン発見の経緯はマイケル ブリスがくわしく述べています(The Discovery of Insulin by Michael Bliss 1982年)。大冊ですが、翻訳もありますので、興味のある方はどうぞ読んでみてください。「インスリンの発見(マイケル・ブリス著 堀田饒訳、朝日新聞社 1993年)」。私は30年前にペンシルベニア大学図書館でこの本をみつけ、興奮しながら読んだことを思い出します。

当時の雰囲気を患者、家族目線から知りたい方には「ミラクル エリザベス・ヒューズとインスリン発見の物語、日経メディカル開発 2013年」をお勧めします。性格が破たんしてトラブルを引き起こすバンティングも暖かい目で描かれています。

糖尿病の歴史もようやくインスリン発見まできました。ここでいったん歴史はお休みします。


平成28年4月14日

糖尿病の歴史36 インスリン発見前夜 ~血糖測定法の進歩 (3)

血糖測定法の続きです。

1915年にルイスとベネディクトが画期的な血糖測定法を発表します。必要血液量は2mlです。彼らはピクリン酸を用いて手順を単純化しました。ピクリン酸は蛋白を除く作用があり、同時に糖と反応して赤く発色する性質があります(この発色で糖を測定します)。このため蛋白を完全に除去する必要がなくなりました。

改良はさらに続きます。ルイス・ベネディクト原法ではフラスコ内容物を直火で蒸発させる手順があります。マイヤーズとベイリーは最初の血液希釈度を下げることによりこの手順を省略し、100Cのビーカー内で温浴させることで発色を強め、手順をさらに単純化させました(1916年)。ついに洗練された血糖測定法ができたのです。

硝子製の注射器で約2.5mlの血液を採取する。注射器は血液凝固を防ぐため、あらかじめ蓚酸カリウムで濡らしておく。採取した血液は少量の蓚酸カリウムを含む試験管に移す。ピペットで2mlの血液を15-20ml容量の遠心管に移す。ピペットは8mlの水で洗い、その水も遠心管に入れる。この操作で血液を5倍に希釈し、完全に溶血させる。0.2mgの乾燥ピクリン酸を添加し、撹拌棒でよく混和する。蛋白を完全に沈殿させ、溶液をピクリン酸で飽和させ、時々混和しながら数分置く。次に遠心機にかけ、4cm径の濾紙で溶液を濾過し、上清を乾燥した試験管に移す。3mlを背の高い試験管に移し、1mlの20%炭酸ナトリウム溶液を加え、15分間ビーカー内で100Cで温浴させる。この温浴で溶液は完全に発色する(これ以上温浴しても色は変わらない)。室温まで冷却し、発色度合に合わせて水で薄め、比色計で測定する。


バンティングとベスト(1921年インスリン発見)が採用したのは、マイヤーズとベイリーの変法です。


平成28年3月24日